ドアの前に立つ由奈がこちらを見つめている。
俺は期待していた。けれど、それと同じぐらい恐れてもいた。
昨夜、過ちを犯してからずっと、俺の精神は沼地に足を一歩踏み入れた状態のままだ。先に進みたい欲求と、危険への不安がせめぎ合い微妙なバランスを保っている。
今ならまだ引き返せる。そうすれば正しい兄妹として由奈との関係をやり直すこともできる。しかし、もしも二歩目を踏み込んでしまえば、もう後戻りはできなくなる。そんな気がしてならない。
妹が部屋を訪ねて来ただけだというのに、俺はまるで人生の行方を決める重大な分岐点の前に立たされているような気分になっていた。
しかし、部屋の中に招いてしまった手前、このまま放っておくわけにもいかない。
頭の中では、彼女と二人きりになるのを危険だと判断した理性が「由奈を部屋から追い出せ」と警告してくる。きっと、それが今取るべき最良の選択なのだ。
さあ言え、言うんだ神山隆文! 何を迷っている? 簡単なことじゃないか。「ごめん、やっぱり今日はもう寝るから、話は明日にしよう」と言えばいいだけなんだ。
──それだというのに、俺がぐずぐずしていたせいで由奈が先に口を開いてしまった。
「お兄ちゃん、迷惑でしたか?」
「あっ……いや、大丈夫だけど」
そんな聞き方をされて断れる図太さを俺が持ち合わせているはずもなく、ついつい日和った返答をしてしまう。俺のバカ。
由奈はそれを了承ととらえたようで、こちらに近づいて来ると、そのままベッドに腰掛けてしまった。
二人仲良くベッドに並んで座ったまま、しばしの沈黙が流れる。
気まずい……というか、この位置は非常にマズいのではないだろうか?
だんだんと追い詰められていくような緊張感。握った手が汗ばんでいるのを感じながら、俺はこの沈黙を打ち破るべく由奈と向き合った。
「それで……由奈はなにか用があって来たんだよね?」
「お兄ちゃんこそ、由奈になにか言いたことがあるんじゃないですか?」
俺の問いかけには答えず、逆に質問で返されてしまう。
「朝も、それからお風呂に入るときも、由奈のことじっと見てましたよね?」
どうやら俺の挙動不審はとっくにバレていたらしい。
「そっ、そんなことないよ。気のせいじゃないかな……?」
けれど、それを認めてしまったら、妹に対してよからぬ想いを秘めていることまで自白させらそうで白を切ったが──そんな俺を見て、由奈は小さくため息を吐くのだった。
「ふぅ……やれやれです」
なんかクール系主人公みたいなことを言われた!?
「お兄ちゃんはもっと自分の気持ちに素直になっていいと思います」
「はぁ」
「思ったことは口にしないとダメです。引っ込み思案な性格はそのせいですよ」
「そっ、そうかな?」
「そうですよ」
なんで俺はこんな夜中に自室で小学生の女の子に説教されているのだろうか?
「お兄ちゃんは由奈にして欲しいことがあったんですよね?」
「いや、それは……」
「お兄ちゃんが素直に言ってくれれば、由奈はお兄ちゃんがして欲しいこと、なんでもしてあげますよ?」
なんでも!? 俺が、由奈に、なんでも!?
心の中に押し込んでいた願望がむくむくと膨張して喉から出そうになるのを必死に堪える。
ダメだダメだ! それを口にしたが最後、俺たちはもう普通の兄妹には戻れなくなる!
俺は最後の理性を振り絞って欲望を抑え込みながら引きつった笑みを浮かべる。
「ハハ……いや、それは由奈の勘違いだよ。俺は別にそんなこと思ってないから」
「────そうですか」
失望の混じった声で呟くと、由奈は立ち上がって俺を一瞥する。
「ならいいです、おじゃましました。おやすみなさい」
そっけない言葉を残して、由奈は背を向けて部屋から出て行こうとする。
由奈は怒ったのだろうか? それとも呆れた?
きっと彼女は俺が何を望んでいるのかお見通しで、それを受け入れようとしてくれた。なのに本音を隠して取り繕うとする俺がお気に召さなかったのだろう。
だってさ、ダメだろ?
俺は高校生で、由奈は小学生、しかも義理とはいえ妹なんだ。
そんな子を相手にさ? 普通じゃないよ、異常だよ、変態だ。
「うん……おやすみ」
だから俺が由奈に本心を打ち明けるわけにはいかない。
ドアへ向かう由奈を見送りながら「俺は正しい選択をしたんだ、普通であることを守ったんだ」と自分に言い聞かせる。
良かった、これで明日から普通の兄妹としてやり直せる。
そして、由奈が出て行ったドアがゆっくりと動き、最後にパタンと閉じたのを見届ける────────はずだった。
「まっ、待って!」
気づいたら、俺は由奈を呼び止めていた。
現実では、由奈はまだ部屋から出ておらず、背を向けて開かれたドアの前に立っている。
そして、由奈を部屋の中に残したまま、ドアはゆっくりと動き、パタンと閉じた。
黙ってこちらを振り向く由奈の顔はどこか嬉しそうだった。
そしてまた、さっきと同じように由奈がベッドの隣に腰掛ける。違いがあるとすれば、さっきよりも距離が近づいていることだろう。
触れ合った肩から、ほんのりと由奈の体温が伝わってくる。
あぁ……わかるぞ。俺は今、取り返しのつかない選択ミスを犯してしまったんだ。
けれど、もうダメだ。もう無理だ。これ以上は誤魔化せない。
俺は先ほどから胸の内で膨らみ続けていた欲望を抑えるのを諦めた。
「ほっ、ほんとは……昨日みたいなことをして欲しかったんだ……」
「昨日みたいなことって、ナデナデですか?」
「そっ、それから……キス……とか」
「お兄ちゃんは、由奈とキスしたかったんですか?」
「俺は、由奈と……キスしたい」
ああっ、気持ち悪い! 高校生男子が小学生の女の子に向かってこんなこと! あまりにも醜くて、女々しくて、情けない……ッ!
自分の言葉によって自尊心がズタズタに切り裂かれ、恥ずかしさで頭が変になりそうだった。
勝手に告白して、勝手に悶絶している俺はさぞ無様に見えたことだろう。
しかし、由奈はそんな俺を小さな体をいっぱいに使って優しく抱きしめてくれた。体格差のせいで手が背中まで届かないのに、まるで包み込まれるような抱擁。
「ちゃんと言えて、お兄ちゃんはいい子ですね。だいじょうぶですよ、お兄ちゃんのしたいことは由奈が全部させてあげますからね」
まるで手のかかる弟をあやすかのような口調。その表情は抑えきれない母性に酔って恍惚としていた。
「んふっ、お兄ちゃんいいこいいこ、たくさんナデナデしてあげますからね。ほら、由奈にぎゅってして」
あぁ……だめだ、もうだめだ……もう虚勢を張ることもできない。
義妹の溢れ出る母性の誘惑に逆らうことができず、俺は由奈の小さな体にしがみつくと、慎ましやかな胸に顔を埋めた。
「んっ……いいこ、いいこ、お兄ちゃんいいこ。ぎゅってしてると温ったかいね?」
由奈の小さな手に優しく頭を撫でられるたび、心が溶かされていくようだった。子供だから体温が高いのか、小さな体から伝わってくる心地いい温もりに全身が弛緩していく。
押し付けた鼻から息を吸うと、甘いミルクのような匂いが鼻腔に広がり、まだ乳房とも呼べない慎ましやかな胸は、しかし確かに膨らんでいて、ほのかな柔らかさを顔で感じていると、次第に頭がぼぅっとしてくる。
俺が心地よさにうっとりとしていたところで、頭を撫でる手が止まると、抱きしめていた体が離されてしまう。
「え……」
物欲しげな顔をする俺に由奈が微笑む。
「ふふっ、そんな顔しないでください。お兄ちゃんは他にも由奈としたいことがあるんですよね?」
「うっ、うん」
「はい、どーぞ。お兄ちゃんの好きようにしていいですよ」
そう言って、由奈はおもむろに顔を近づけて目を瞑った。
俺はいきなりのことに動揺しながらも、目を閉じて少しだけ唇を突き出している由奈の顔に思わず見惚れてしまう。
綺麗な顔立ちと白い肌、長い睫毛、瑞々しい唇、まだ小学生とはいえ、こんな可愛い女の子はそうそういるもんじゃない。
それを俺が好きにしていいのだと思うと、胸の奥がざわめいてしまう。
これで二度目とはいえ、自分から女の子にキスをするなんて初めてだ。
俺は慎重に顔を近づけると、おそるおそる自分の唇を由奈の小さな唇に重ねた。
「んっ……」
唇が触れ合った瞬間、由奈の鼻から小さな吐息が漏れる。
一度目は興奮してそれどころではなかったが、今は由奈のプニッと弾力のある唇の感触が伝わって来る。
キスをしているという実感が喜びとなり俺を大胆にさせていく。
最初は唇を押し付けるだけだったが、由奈の下唇をついばむように吸うと、由奈もそれに応えて俺の唇に吸い付いてくる。
「んっ、ちゅっ……ちゅぷ……ちゅっ……」
唇が深く潜り込み、しっとりと濡れた粘膜がぴちゃりと触れ合うと、口の中に由奈の甘い唾液の芳香が流れ込んでくる。
子供だからなのか、それとも由奈が特別なのかは分からないが、俺は甘い蜜を求めて舌を伸ばし、由奈の口内をまさぐっていた。
口の中に侵入した舌先が由奈の舌と接触すると、まるで性器が触れ合ったかのような甘美な刺激が脳に広がり、俺は本能のままに舌を絡みつかせた。
「れろっ……ちゅっ、ちゅっ……んっ、れるっ、ちゅぷ……れるっ……んぅッ」
二人の舌はにゅるにゅると絡み合い、くちゅくちゅとイヤらしい水音を立てる。
昨日と同じだ。由奈とキスをしていると頭の中がとろとろと溶けて、なにも考えられなくなってしまう。
やめ時がわからない。いつまでも味わっていたい。
ひたすらに舌を絡ませ唾液を啜り、息苦しさを覚えても止められず、気がつけば三十分近くもキスをしていた。
ようやく唇が離れると透明な糸が二人の口からつぅっと伸び、途中でぷちりと垂れ落ちた。
唾液で口元をてらてらと濡らし、運動でもしたかのように息を乱す由奈があまりにも卑猥で、俺は彼女の顔から目が離せなかった。
「はぁ……ふぅっ……お兄ちゃん、他にもしたいこと、ありますか?」
頬を紅潮させた由奈が誘うように問いかける。
倫理観などというものは、とっくに崩れ去っていた。
「由奈のおっぱいが見たい」
「んふっ、いいですよ」
言った通り、由奈は俺のしたいことをさせてくれるらしい。
俺は無抵抗に優しく微笑む由奈に手を伸ばすと、パジャマの胸元を留めているボタンに指を掛けた────。