さて、なんやかんやとあったがテスト期間は無事終了し、その答案が返却される日がやってきた。
教卓から先生に名前を呼ばれるたびに、ひとりずつ前に出る。答案に書かれた点数を見た生徒は、満足な結果に喜ぶヤツもいれば、思わしくない結果にガックリと落ち込むヤツもいる。
そして、ついに名前を呼ばれた佐伯さんは静かに席を立つと、緊張した面持ちで前に出る。その姿は、まるで審判を受ける受刑者のようだ。
後ろからだと彼女の表情はわからないが、教卓の前で教師から答案を手渡された佐伯さんは、少しの間をあけてから、俯いたまま席に戻ってきた。
もしかして、ダメだったのか? こういうとき、なんて声をかければいいのだろう。
「あの、佐伯さん……」
「神山……」
俺の呼びかけに、ゆっくりと振り向いた佐伯さん。てっきり落ち込んでいると思っていた彼女の瞳は、けれどキラキラと輝いていた。
「見てこれ! ほらっ、すごくない!?」
そして、佐伯木さんは興奮した様子で俺の顔に答案用紙を突きつけた。
「近すぎて見えないんだけど……」
「あっ、ゴメンゴメン」
改めて机に置かれた答案には、赤ペンの数字が大きく記載されていた。
「おおっ! やったね!」
「でしょっ!」
ちなみに点数は68点。赤点のラインは平均点の半分以下となっているから、確実に超えている。
この点数だけ見れば大したことないかもしれないが、今までの苦手っぷりからすれば目覚しい進歩だ。俺も最近までは似たようなものだったから、佐伯さんの喜びは十分に共感できた。
よかった。佐伯さんが赤点回避できて素直に嬉しい。
けれど、これで俺の役目は終わってしまったのだった。
*
その日の放課後。前までは佐伯さんと図書室に向かう時間だが、テスト期間が終わってからは、俺と佐伯さんが一緒に居ることはなくなった。
今の彼女は前のように陽キャ連中に囲まれている。
まあ、こうなることはわかってたんだけどね。
楽しそうに友達と話している佐伯さんを横目に、俺はそっと音も立てずに、ひとりで家路につく。
短い夢だったのさ────。
なんて夕日を背負って黄昏ながら一人寂しく歩いていたところで、後ろから背中をぽんっと叩かれた。
「か〜みやまっ」
「えっ?」
振り向けば、そこには佐伯さんがいた。走ってきたのだろうか? 少し息が弾んでいる。
「あっ、えっ? どうしたの?」
「いっしょに帰ろっ」
「あっ、うん」
俺たちは二人並んで、とりとめもない話しをしながら、ゆっくりと歩いた。思えば最初の頃は緊張してろくに会話すらできなかったのに、今ではずいぶんと慣れたものだ。
けれど、楽しい時間は過ぎるのも早いもので、気づけば分かれ道の前まで来ていた。
「それじゃあ……」
いつもならここで、あっさりとお別れなのだが。佐伯さんの口から思いがけない言葉が飛び出す。
「あっ、そーだ。神山にはちゃんと、おれーしないとね」
「お礼?」
「そっ、神山のおかげで赤点セーフだったし。なにがいいかな?」
「べつに、お礼なんて……」
と、いつもの俺なら、ここで遠慮してしまっただろう。
けどまて。これは、チャンスなんじゃないのか? こんなお膳立て、これを逃したらもう二度と佐伯さんと仲良くなるチャンスはないんじゃあないのか?
そう思った途端、自分でも驚くぐらいの想いが込み上げて、口から飛び出した。
「こっ、こんど……」
「ん?」
「こんど、一緒に……どっか出かけない?」
俺は今、生まれて初めて、女の子をデートに誘おうとしている!
「えっ、それって……」
「由奈も一緒に!」
はい日和った! ついつい日和っちゃいましたぁぁァァッっ!
だってしょうがないじゃん!? いきなり二人きりでデートとか、もしも断られたらせっかく築いてきた佐伯さんとの関係も壊れるじゃん!? そしたら俺、ショックで立ち直れないじゃん!!??
「あっ、あれだよ。このあいだ佐伯さんが来たとき由奈も楽しそうだったし、せっくだから、その……」
なにがせっかくなのか自分で言っててわからなーい!
「うん、いいよ。じゃあ今週の日曜日ね」
「ふぉっ!?」
「じゃ、LI○E交換しよ」
「あっ、えっ、うっ」
慣れた手つきでスマホを操作する佐伯さん。
えっ、友達登録ってどうやるんだったけ!?
俺がもたもたとアプリを操作するのを、佐伯さんが手伝いながら、彼女の連絡先が無事に俺のスマホに登録された。
「神山も行きたいとこ考えておいてね」
「あっ、はい」
「じゃね〜」
そして佐伯さんと別れ、ひとり残された俺は呆然としたのち、弾かれたように走り出した。
そして自宅に到着すると、一目散に妹の部屋に向かった。
「大変だよ由奈ぁぁぁっ」
「どうしたんですか、お兄ちゃん?」
部屋で雑誌を読んでいた由奈に事情を話したら「ふぅ、やれやれです」と、ため息をつかれた。
「そうですか。それは人類にとっては小さな一歩だけど、お兄ちゃんにとっては大きな飛躍ですね」
「バカにされてる!?」
「それで、どこに行くか決めたんですか?」
「それがわからないんだよ! 女の子を誘って行く場所ってどこ!? そんなシチュエーション漫画でしか知らないから水族館ぐらいしか思いつかないんだけど!?」
「水族館でいいんじゃないですか?」
「いやでもさぁ、さすがに安直すぎる気が……」
「お兄ちゃん、スマホ貸してください」
「え、うん」
俺がスマホを手渡すと、由奈はロックを外して画面を操作し始めた。なんで俺のパスコードを知ってるんだろう?
「はい、できました」
「なにが?」
返されたスマホの画面を見ると、佐伯さんとのメッセージ画面に『俺は水族館に行きたいんだZE☆』と送信されていた。
「俺のキャラがブレてますけど!?」
すると、佐伯さんから『おっけ〜』と返事が来た。
「しかもスルーされてる!?」
「よかったですね、お兄ちゃん」
こうして週末の予定が決定した。
*
そして当日。由奈と一緒に待ち合わせの駅で佐伯さんを待っていた。
「ちょっと早く来すぎたかな?」
「大丈夫ですよ」
そわそわと落ち着きのない俺の横で、静かにスマホを眺める由奈。
「お兄ちゃん、凛花さんに会ったら、まずは服をほめてあげるんですよ」
「あっ、うん」
ちなみ、デートに着て行く服を持っていなかった俺は、由奈に連れられてビクビクしながらG○Pに入り、由奈が選ぶ服を言われるがままに試着し、由奈にコーディネイトされたキレイめカジュアル男子となっていた。
さすが由奈、兄のサポートもばっちりだ!
本人も、今日は可愛らしい服装に、いつものおさげをフワリとしたポニーテールにまとめていた。
「お兄ちゃん、ためしに由奈を褒めてみてください」
「えっと、由奈も、その服似合ってるね。髪型も、いつもと違う感じがして、すごく可愛いよ」
「…………そんな感じです」
いつもと変わらない無表情。けれど、指先でポニーテールをクルクルといじりだす由奈。
「もしかして、照れてる?」
そう尋ねると、さらにクルクルしはじめた。
Oh……俺の義妹が可愛すぎる。
そして10分後。
「神山ぁ、由奈ちゃぁん、おまたせ〜」
聞き覚えのある明るい声。私服姿の佐伯さんがこちらに手を振っていた。
やっぱスカートが短い! あと、なんか前にうちに来たときよりもオシャレしてる気がする!
俺がヘタレなせいで小学生の妹同伴のデートになってしまったが、今思えばこれでよかったのかもしれない。佐伯さんと二人きりの休日デートなんて緊張しすぎてまともに話もできなかっただろう。
考えようによっては、可愛い妹とJKギャルに囲まれたハーレムデートと言えなくもないわけだし!
よぉしっ! きょうは俺もリア充ばりに、めいいっぱい楽しんじゃおっかな!!!
と、意気込んだのだが────。
俺は佐伯さんの隣に、見知らぬ男の子がいることに気づいた。
…………誰?
「あっ、裕斗くん」
由奈がぽつりと呟いた。
ユウト、だと…………?
こうして、俺にとって忘れることができない思い出となる”兄妹・姉弟”同伴ダブルデートが始まった。