「今日から、彼女がおまえの新しい母親だ」
それは日曜の昼下がりだった。
僕──神崎和也が学校の宿題を片付け、他にやることもなく暇を持て余してリビングのソファに寝そべりテレビを眺めていたときだ。
とつぜん見知らぬ女性を連れ帰ってきた父親から開口一番、再婚を告げられた。
「は?」
僕の口から出た間抜けな声と、テレビのワイドショーから流れる笑い声だけがリビングに虚しく響いた。
どうしてこんなことになったのか、それにはまず、うちの特殊な家庭事情を説明しないとならない。
僕は今年で17になる高校生なのだが、中学に上がる前から一人暮らし同然の生活をしている。それというのも、全ては人格面に大きな問題を抱えた目の前の男に原因があった。
父親の忠和はおよそ家庭を持つのに向かない性分の男だ。仕事の忙しさを理由に家を空けてばかりで、たまに帰ってきても、家族のことなど放ってまたどこかに行ってしまう。僕が物心ついた時には既に母親と二人で暮らしているようなものだった。
だから僕には家族三人で過ごした記憶はまるでない。しかし、それで寂しいと感じたこともない。なぜなら大好きな母さんがずっと側に居てくれたからだ。
幼い頃は学校の友達が夏休みに家族で旅行した話なんかしているのを聞くと、疎外感を覚えたりもしたが、母の優香はいつも僕のことを大切にしてくれていたし、授業参観だって欠かさずに来てくれた。母さんはすごく美人で、優しげな笑みを浮かべて教室の後ろに並ぶ姿は、保護者の中でもひときわ目を引いていた。
クラスの子たちがヒソヒソと「かずやくんのお母さん、すごくきれいだね」と言っているのが聞こえるのが、こそばゆくも嬉しかったものだ。
僕はそんな母さんのことが大好きだったし、母さんの顔を悲しげに曇らせる父さんのことが大嫌いだった。だから、ずっと二人暮らしでも構わないと思っていたのだが──しかし、僕が中学に上がる前に、母さんは病気で他界してしまった。それ以降は母さんの妹にあたる叔母の香苗さんに面倒を見てもらいながら、どうにか一人で暮らしてきたのだ。
ちなみに、母さんが入院している間、父さんは見舞いにもこなかったし、ひとりぼっちになった息子のことを放置して家を空け続けるクズ野郎である。
──そんな男がだ、いきなり見知らぬ女を連れて帰ってきたかと思えば、新しい母親だとのたまうのだから悪い冗談にしか聞こえない。
僕がソファに座ったまま唖然としていると、父さんの斜め後ろに控えていた女性が一歩前に出てうやうやしく頭を下げた。
「はじめまして和也さん。紗百合と申します。どうぞ、よろしくお願い致します」
「ど、どうも……」
やたらと丁寧な挨拶に思わず返事をしてしまったが、いきなり新しい母親と言われても、そう簡単に受け入れられたものではない。そもそも、家庭に興味などないはずの父親が、どうして急に再婚なんてしたのだろうか?
最初は呆気にとられていたが、冷静になるにつれ僕の気持ちを無視して知らない間に再婚の話が進められていたことに段々と腹が立ってきた。
なんだよ、父さんも、この人も、勝手なこと言って……。
腹の底からふつふつと湧いてくる憤りを怒鳴り声にして吐き出しそうになるが、ゆっくりと頭を上げた紗百合さんの容姿を目の当たりにした途端、口まで出かかっていた言葉は喉の奥に引っ込んでしまう。
正直に白状すると見惚れてしまったのだ。白い肌、すらりとした目鼻立ち、背中まで伸びる艶やかな黒髪、まるでモデルみたいな美人だ。切れ長な目の下には色っぽい泣きボクロがある。
紅い花びらのようにぷっくりとふくらんだ唇はすごく柔らかそうで、それに、体にぴったりフィットしたワンピースのせいで、細い腰と豊かな胸のふくらみが強調されて、つい谷間に視線が引き寄せられてしまう。
年上の色香を漂わせる女性を前にして、不覚にもドキッとさせられてしまうが、美人ではあるものの貼り付けられたようにピクリとも動かない紗百合さんの表情からは全く感情が読み取れず、じっとこちらを見つめる瞳からは冷たい印象を受けた。
なんだろうこの人、愛想笑いぐらいすればいいのに……。
自分を見つめる感情の見えない瞳にたじろぎながらも、僕は父親を睨みつけた。
「いきなり帰ってきて新しい母親とか、なに考えてるんだよ父さん」
「息子が寂しがってると思ってな、どうだ?新しい美人の母親ができて嬉しいだろう?」
「冗談だろ、散々ほったらかしにしておいて今さら父親ぶるなよ」
父さんが何を考えているのかなんて分からないが、この男が息子を案じる優しさなど持ち合わせてないことはよく理解している。きっと何か裏があるに違いない。
警戒する僕に、父さんはメンドくさそうにため息をついた。
「そう言うな、家事をしてくれる母親がいればお前だって楽だろう?」
「べつに、香苗叔母さんが来てくれるから困ってなかったし」
母さんが他界して父親も不在という状況で、子供の僕がまともに生活できてたのは、ひとえに保護者代りとなって頻繁に世話を焼いてくれる叔母さんのおかげだ。もはや、僕にとって心から家族と呼べる存在は叔母さんしかいない。
叔母さんの名前を出した途端、父さんは煩わしげに顔をしかめた。
「彼女にだって自分の生活があるんだ、いつまでも厚意に甘えるわけにはいかんだろう」
「それは……」
ろくに父親の役目を果たそうとしないコイツに言われる筋合いはないのだが、自分が叔母さんに負担をかけてしまっていることは自覚していたので反論できない。
「わかったら、おまえはこれから紗百合と暮らすんだ。これはもう決まったことだ」
これ以上話すつもりはないのだろう。父さんは押し切るように言い放つと、僕の返事も聞かずに背を向けてリビングから出て行こうとする。
「待ってよ父さん、どこ行くんだよ?」
「俺は忙しいんだ、あとはお前たちで好きにしろ」
投げやりな言葉だけを残して父さんがリビングから出て行くと、すぐに玄関の方から乱暴にドアの閉まる音が聞こえてきた。
ほんとに行っちまいやがった! 頭おかしいんじゃないかあいつ!?
父親の非常識さに呆れ果てる僕の横では、置き去りにされたというのに、まるで動じた様子もない紗百合さんが、黙ってその場に佇んでいる。
──えぇ……どうするんだよこれ。
ついさっき会ったばかりで、まだ名前しか知らない女の人とふたりきりとか、あまりにも気まずい。
お互いに黙ったままリビングには重たい空気が流れた。そして、沈黙に耐えかねたのは僕が先だった。
「あの、紗百合さんは本当に父さんと結婚したの? 冗談じゃなくて、本当に僕の母親になったの?」
「はい、役所には書類を提出済みですので」
「あ、そう……」
紗百合さんの簡潔な返答に頭がくらっとする。人生の重大イベントであるはずの結婚が、なんてことない事務手続きみたいに片づけられてしまうことが、まだ高校生の僕にはショックだった。
「けど、いきなりこんな扱いされて紗百合さんも怒ってるよね?」
「いいえ、そんなことありませんわ」
「なんでさ? 言っちゃ悪いけど、あいつはろくな人間じゃないよ。紗百合さんと結婚したのだって、どうせ僕の世話を押し付けたかっただけだよ」
「そうですわね」
なんなんだこの人……。
前妻の子供にここまで言われたというのに、紗百合さんは気を悪くした様子もなく淡々と答える。まるで他人事みたいな、あまりにも無関心な口ぶりに、僕は開いた口が塞がらなかった。
どうやら、彼女はこの状況を受け入れ、義理の息子と一緒に暮らすつもりらしい。おそらく父さんが強引に同居の話を進めたのだろう。しかし、紗百合さんには申し訳ないが、僕にはまだ新しい母親を受け入れる心の準備なんて出来ていない。
「悪いけどさ、僕は紗百合さんのことを母親だなんて思えないから……」
嫌々に親子を演じるぐらいならと、僕は率直に自分の気持ちを伝えた。しかし、それでも紗百合さんは表情を変えずに、その柔らかそうな唇だけを動かす。
「でしたら、わたしのことは家政婦だと思っていただいて結構ですわ」
「家政婦?」
「ええ、その方が和也さんも余計な気を使わないでしょう?」
「それはそうだけど……」
まさか紗百合さんからそんな提案をされるとは思ってもなかったので動揺してしまうが、正直、その申し出はありがたい。けれど、あまりにも僕に都合が良すぎて逆に不信感がわいてしまう。だって、義理の母親となった人が自分から家政婦扱いしてくれって、どう考えてもおかしいだろ?
僕は紗百合さんの真意を推し量ろうとするけれど、彼女の微動だにしない表情からは心の内を読み取ることはできなかった。
「わたしにして欲しいことがあれば、なんでも遠慮なくおっしゃってください」
「なんでも?」
「ええ、和也さんが、わたしにして欲しいことがあれば、なんなりと。わたし、なんでもして差し上げますわ」
なまめかしく動く赤い唇、蠱惑的な美女の囁き声に思春期の欲望がくすぐられしまった僕の脳裏には、最近見たばかりのアダルトビデオの映像がよぎった。
あれは確か、巨乳の家政婦がエッチな奉仕をしてくれるという、わかりやすく男の欲望を詰め込んだ内容だったか──。
いや、いやいやいや、そんなことが現実であるわけないだろ!?
バカな妄想をする自分に呆れながらも、僕の目は紗百合さんの胸元で存在を強調するたっぷりとした巨乳に釘付けだった。
「あら、何かしてほしいことがあるのかしら? ねえ和也さん、おっしゃってみて」
しまった、露骨に見すぎたか……。
視線に気づいた紗百合さんが体を寄せてくると、僕の耳元で優しく囁く。
温かく湿った吐息に耳の穴をくすぐられ、むにゅりと腕に押しつけられた乳房の柔らかな感触に僕はあからさまに動揺してしまう。
雪女のような冷たい印象とは裏腹に、紗百合さんの体はとても温かく、彼女からぽうっと匂い立つ甘い香りを嗅いだせいで顔が熱くなる。
そして、マズイと思ったときには、もう手遅れで、僕の股間は勃起したペニスによって大きく膨らんでいた。
勃起してるのがバレないよう体を離そうとするも、それよりも先に紗百合さんの伸ばした手がズボンの膨らみに触れる。
「あら、こんなにされて……」
「うッ!」
指先が擦れた拍子にピリッとした痺れがペニスに伝わってきて、たまらず呻き声が出てしまう。紗百合さんは窮屈そうに盛り上がった股間を優しい手つきでサワサワと撫でてきた。
「ちょっ、ちょっと紗百合さん! なにをしてるの!?」
恥ずかしさに悶えながらも、肉棒を伝う甘やかな痺れが堪らなく気持ち良くて、僕は紗百合の手を振りほどくことができなかった。
温かくて、柔らかくて、いい匂いがして──どうしてこんなことになっているのか自分でも分からない。義理の母親を拒絶していたはずなのに、気づけば僕は紗百合さんの色香に呑まれていた。
「和也さんは、わたしにこういったことをお望みなのかしら?」
僕がみっともなく勃起しているのをみても、紗百合さんは軽蔑するわけでも、驚くでもなく、平然とした口調で尋ねてくる。
「そっ、そんなことは……あぁッ」
とっさに否定しようとしたけれど、爪の先で股間をカリッと引っかかれると、敏感になっているペニスがビクッと震える。いくら口で否定しようが、こんな状態ではまるで説得力がなかった。
「まだお若いのに、和也さんはわたしのような三十路を過ぎたおばさんがお好きなのかしら?」
「うぅっ……」
耳の奥に絡みつくような囁き声に背中がぞくぞくとする。図星だった。僕には幼い頃からマザコンの気があったけれど、母さんが他界したのをきっかけにその傾向は強くなる一方だった。
きっと女の人に母性を求めているのだろう。学校でもクラスの可愛い女子に対する関心は薄く、むしろ女教師にばかり目がいってしまうし、男子が集まって好きなアイドルの話題で盛り上がっているときなんか、いつもリアクションに困ってしまう。なにせ僕がオナニーをするときに使うオカズは、いつも熟女や人妻ものばかりなのだから──。
ひた隠しにしていた性癖を義理の母となった女性に暴かれてしまい、恥ずかしさのあまり黙り込んでいると、そんな僕の体を紗百合さんの腕が優しく包容した。
「我慢なさらなくていいんですよ。和也さんがお望みなら、わたしは構いませんわ」
それは一体どういう意味なのか、尋ねるよりも早く紗百合さんは僕の腰に手を這わすと、ズボンのボタンを外し、チャックの金具を摘んでジッパーを下ろそうとする。
「あっ、まっ、まって……!」
制止する声を無視して、ジッパーが下ろされると、ズボンの下から顔をのぞかせたボクサーパンツには勃起したペニスの形がくっきりと浮かんでいた。しかも、ふくらんだ亀頭の部分には恥ずかしいシミまで作っている。
「和也さんは、わたしに、こういうことをお望みなのでしょう?」
出会ったばかりの、それも義理の母親になった人とこんなことをするなんて、どうかしている。今すぐ辞めさせるべきだ。それが頭ではわかっているのに……僕は紗百合さんを止めることができなかった。
黙っていることを肯定と受け取ったのか、紗百合さんは僕の前に跪くと、そのままズボンを足下まで脱がし、今度はパンツに手をかける。
ストレッチ素材のボクサーパンツが引っ張られ、途中で突起に引っかかりながらずり下ろされると、中から血流によって硬くなった肉棒が、ブルンと揺れて勢いよく飛び出す。
僕はもう紗百合さんを止めなかった。それどころか、期待に満ちた眼差しで彼女の白いうなじを見つめるのだった。