あれから二年が経った。
僕は大学生になったのを機に家を出て、それと同時に、紗百合さんは父さんと離婚した。今では実家から電車で数駅離れたアパートに紗百合さんと一緒に暮らしている。
生活に余裕があるとは言い難く、僕は学業のかたわらアルバイトに精を出し、紗百合さんも近所の弁当屋でパートの仕事をしていた。
最初、紗百合さんが弁当やで働いている姿が想像できなくて、こっそり様子を見に行ったら、なんか「美人すぎる弁当屋の店員」として近所で評判になっていた。上手くやれているのはけっこうだけど、絶対に紗百合さん目当ての客とか居そうで、そこがちょっと気がかりではある。
そうやって、僕たちは築四十年の狭いアパートで暮らし、スーパーの特売品を買って家計をやりくりしながら、ふたりで小さなちゃぶ台を囲んで食事をし、夜はひとつの布団で寄り添って眠る。そんな生活は意外と悪くないものだった。
意外といえば、紗百合さんが離婚を申し出たときの父さんの態度もだ。絶対に揉めると思っていたのに、あっさりと離婚を受け入れたうえに、当初、僕は高校を卒業した後の進路は奨学金を借りて大学に行くつもりだったが、その学費も出してくれた。
そんな父さんは、今は誰もいなくなった実家に、ひとりで暮らしている。家庭があれば外に女を求めるのに、いざ独り身になると家に戻ってくる。きっとそういう病気なのだろう。
父の悪行を許したわけではないが、以前に比べて、僕は父さんを憎む気持ちが薄らいでいた。
それはきっと、自分も父親のことを言えないからなのだろう──。
*
「もう帰っちゃうの?」
艶やかな裸体を惜しげもなく晒し、ベッドに横たわる香苗おばさんが呟いた。
少し寂しげな声を背中で受け止めながら、僕は脱いだ服を着直す。行為を終えた後はいつも申し訳無さを感じてしまう。
「また来るよ」
「もう……紗百合さんばかり構っちゃ、やぁよ?」
「そんなことしないってば」
「ふふっ、冗談よ。あなたが会いにきてくれるだけで、わたしは、それでいいの」
背中にしなだれる柔らかな重み。僕は振り返り、香苗おばさんを抱きしめて唇を重ねた。いつでも僕を包みこんでくれる柔らかな肢体は昔よりも小さく感じた。
*
「今日は雪が降るって天気予報で言ってたから、風邪を引かないようにね」
玄関で首にマフラーを巻いてもらい、最後にもう一度口づけをする。
「それじゃあ、また」
「ええ、待ってる。紗百合さんにもよろしくね。今度また三人で食事をしましょ」
「うん、伝えておくよ」
そう、意外なことに紗百合さんと香苗おばさんは気が合うようで、あの一件以来、ちょくちょく二人で会っているようなのだ。僕の知らない所で、彼女たちがどんな会話をしているのか……気にはなるけど、聞くのはちょっと怖い。
香苗おばさんに見送られ、通い慣れたマンションを後にする。僕は一度振り向いてから、駅に向かって歩き出した。
結局──僕は紗百合さんと一緒にいることを選んだけど、香苗おばさんと離れることはなく、今でも関係は続いている。
僕がアパートで紗百合さんとエッチしてるのは当然バレてるだろうけど、香苗おばさんは何も言わないし、紗百合さんも僕が香苗おばさんとエッチしていることに関して何も言わない。
彼女たちを弄んでいるのか、それとも僕が彼女たちにシェアされているのか、それはなんとも言えないところだ。
けれど、どちからの関係を断つなんてことはもう不可能なぐらい、僕たちは互いに縛って縛られて絡み合ってしまったのだから──。
灰色の空の下、通り過ぎていく見慣れた街並みでは、昔流行っていたドリンクショップが潰れて、今度はお洒落なカフェに改装されていた。
コンビニのガラスに映った自分の姿は、二年前よりも背が伸びてスラリとしいる。丸かった顔つきも引き締まって、だんだんと父さんに似てきた気がする。それがとても嫌だった。
僕たちはどのような結末に向かっているのだろうか? 二人を同時に幸せにすることなんて僕にできるのだろうか?
「降ってきたな……」
白い雪がちらちらと舞い落ちる灰色の空の下、僕は今も義母が待つアパートへと帰るのだった。
【終】