さて、校舎探索では多くの発見があった。いったん状況を整理すべく、生徒たちを連れて五年一組の教室へ戻っている途中、隣を歩いていた愛奈のお腹から、きゅるるっ、という可愛らしい音が鳴った。
「先生ぇ、おなかすいたぁ」
「本当なら給食の時間だしなぁ、アイスだけじゃ足りないか」
さて、どうしよう。いちど食堂に戻って食事を摂るべきか?
足を止めて考えていると、お腹をさすっていた愛奈が何かに気付いたように辺りを見回して鼻をひくつかせる。
「あれぇ? なんか、いい匂いがする~、あっちかなぁ?」
言うが早いか、愛奈はひとり階段をてってと駆け上がっていく。
「あっ! 待て天野!」
「ちょっと愛奈! どこいくのよ!」
愛奈が向かったのは五年一組の教室がある方向だ。後たちも慌てて後を追いかけ、教室の前までやってくると、廊下に滑車のついた銀色のアルミコンテナが置かれているのを見つけた。
おかしいな。教室を出たときは、こんなものはなかったはずだが……。
近づいてみると、匂いはコンテナから漂っていることがわかる。そして、その中身は大体察しがついた。
コンテナのドアを開けてみると──やっぱりだ。
中には四人分の給食がトレーの上に配膳されていた。まるで作りたてのようにホカホカと湯気を立てている。ご丁寧に『食べ終わった食器はキチンと戻しましょう』という張り紙までついているのだから、もはやツッコむ気にもならない。
「おぉ~、給食だぁ」
「ちょっと、これって食べても平気なの?」
花鈴が訝しげに眉を潜めるが、おそらく問題はないだろう。
俺たちはそれぞれ給食を手にして教室に入ると、机を四つ合わせて四角形に並べて座った。一応念のために俺が先に毒味をしたが特に何ともない。味は毎日食べている給食そのものだった。
「えー、それではみなさん、いただきます」
「「「いただきます」」」
こんなときでもマナーは大事。だってここは学園なんだから。俺の掛け声に続いて三人も手を合わせて合唱すると、さっそくスプーンを手に取った。
腹を鳴らしていた愛奈はすぐに食べ始めたが、日和と花鈴は少しためらっているようだ。けれど、ふたりもお腹が減っていたのだろう、一口食べて慣れ親しんだ給食の味に安心すると、すぐにパクパクと頬ばり始める。
いつもなら楽しくお喋りしながら食べている彼女たちだが、愛奈はともかく、花鈴と日和にはそこまでの余裕はないようで、しばらくの間、広い教室には俺たち四人がたてる食器の音だけが響いた。
そして給食を食べ終えると、張り紙に従って空になった食器をコンテナに戻す。いったい、この給食はどこで作って、誰がどうやって運んできたのだろうか?
気になったので、試しにコンテナのドアを開けて中を覗いてみると、さっき置いたはずの食器は跡形もなく消えていた。
……うん、深く考えるのはやめよう。
俺はそっとドアを閉じた。
*
さて、教室での食後のひととき。俺はこれまでの調査で判明したことを頭の中で整理していた。
先ほど考えた「誰かが俺たちをこの学園に閉じ込めた」という推論は的外れではないと思う。食料や部屋まで用意されて「どうぞ、この学園で自由に暮らしてくださいね」と言われてるような気分だ。
しかし解せない。何のためにこんなことをするのだろう? 俺たちを学園に閉じ込めて何がしたいんだ? そればっかりはいくら考えても分からなかった。
まあいいか。ヘタなことを言って生徒たちを不安にさせたくないし、とりあえずこの推測は黙っておくとして、今やるべきこと、それは────。
俺は黒板の前でパンパンと手を叩き、席に座っていた三人を振り向かせると、「みんな、今から学級会を始めるぞ!」と宣言した。
「はぁ? なんで今そんなことしなきゃいけないんですかー? それより、わたしたちいつまでこのままなわけ?」
案の定、さっそく花鈴が文句を言ってきた。
「それは先生にもわからない。少なくとも、脱出する方法が見つかるか、外から救助が来るまではここで生活することになる、それは心しておいてくれ」
自然災害ならともかく、こんな異常事態で救助が来るとは思えないけどな。
「あ~あ、先生ってば大人のくせにほんと役に立たないし」
「かっ、花鈴ちゃん……先生にそんなこと言ったらだめだよ」
「いいのよ日和、先生の給料は私たちが払ってるんだから、こういうときこそ、わたしたちのために働いてもらわないと」
正確には保護者が払ってる金だけどな? あと大人だからってなんでもてきるわけじゃないんだぞ?
この子はきっと、将来たちの悪いクレーマーになるんだろうなぁ……。
メスガキムーブを遺憾なく発揮する花鈴にウンザリしていると、日和が不安げな瞳でこちらを見た。
「あの……先生、わたしたち、おうちに帰れないんですか……?」
「今すぐは難しいな。だけど心配はないぞ日向、食堂には食べ物がたくさんあっただろう? それに、みんなの部屋も用意されていて、でっかい風呂まであるんだ。そうだな、ちょっと変わった林間学校だと思えばいいさ」
ぶっちゃけ死ぬまで出れない可能性もあるのだが、そんなこと言えばパニックになってしまうだろうから、俺はなるべく不安を与えないように努めて明るい口調で喋った。
「おぉ~林間学校ぉ! それなら晩ご飯はカレーかなぁ~?」
「もう、愛奈ってば、ほんと能天気なんだから」
相変わらず空気を読まない愛奈だが、そのマイペースさが今はありがたい。おかげで緊張していた場の空気が和んでくれた。
「そうだな、昼は給食が出るみたいだが……朝と晩は自分たちで食事を作らないとな」
もはや「なんで給食が出るの?」とか言っててもしょうがないので、その前提で話を進めよう。人間の長所は適応能力の高さなのである。
俺は黒板にチョークで『学園生活のルール』と題して、まず最初に食事についての決まりを箇条書きする。
なんでこんなことをするのかって?
もしも無人島で遭難したら最優先するのはライフラインの確保だが、なぜだかここではその心配は必要ないらしい。
となると、次は脱出方法についてだが、こればかりはいくら急いだところですぐに見つかるとは限らない。
だったら、俺たちが今優先すべきは学園で快適に生活するための新しいルール作りとなるわけだ。
「他には? これから学園で生活するうえで、決めておいたほうがいいことをみんなで考えてみよう、はい日向!なにがある?」
「ふぇっ!? えっ、えっと……お洗濯とか、でしょうか?」
「ああ、確かにそれも必要だな。脱衣所に洗濯機があったし、洗濯当番を決めないとな」
そしてまたひとつ、黒板に新しいルールを書き出す。
「ええっ!? そんなの先生がやればいいじゃない!」
「そうすると、先生が神崎の下着も洗うことになるなぁ」
「キモッ!」
「かっ、花鈴ちゃん、あんまり先生を困らせちゃだめだよ……」
こんなふうに、何か提案するたびに花鈴が噛み付いてきて、それを日和が宥めるというやりとりを延々と続けながら、俺たちはこの学園生活の新ルールを作っていった。
そして、基本的なことをあらかた決め終えたとき、学園に下校のチャイムが鳴り響く。
窓を見れば外はオレンジ色の夕陽に染まっていた。どうやら時間の流れは変わってないみたいだが、そこに下校する生徒の姿はひとつもなかった。
それから俺たちは、夕飯の支度をするために食堂へと向かったのだった。