さて、異常現象に巻き込まれた俺たちが学園に閉じ込められてから一晩が経った。
今朝の天気は快晴。遭難生活の始まりとは思えない清々しい朝を迎えた俺が何をしているかといえば、エプロン姿で台所に立ち、フライパンの上でジワジワと焼かれる目玉焼きをじっと見つめていた。
時間は朝の7時、生徒たちが起きるよりも前に食堂にやってきた俺は、四人分の朝食を準備している最中だ。
共同生活というこで当番制にするべきこともあるが、とりあえず朝食は俺が作ることにした。
ちなみに、もしかしたら一晩経てば学園の外に出られるようになっているのではと、朝起きてすぐ校門に向かったが結果は昨日と変わらなかった。俺たちはこれからどうなってしまうのだろうか……。
「おはようございます。先生」
ため息をついていると、まず最初に日和が食堂にやってきた。ちゃんと制服に着替えて胸元のリボンもキッチリと結び、梳かされた髪をいつものおさげにしている。
「おはよう日向。昨日はちゃんと眠れたか?」
「はい、大丈夫です。えっと、お手伝いしますね」
「ありがとう、それじゃあ食器を出してもらおうかな」
言われるまでもなく手伝いを申し出てくれるなんて、さすがは優等生である。日和のそういうさりげない気配りができるところ、先生はちゃんと見てるからな!
「ふぁぁ~、おはよう日和」
カリカリに焼けたベーコンエッグの乗った皿を日和がテーブルに並べていると、遅れて花鈴も食堂にやってきた。
「おはよう花鈴ちゃん、まだ眠そうだね」
「ん~、あたし朝弱いんだよね……」
「おはよう神崎、ちゃんと眠れたか?」
「あぁ、先生もいたんだ」
なんだぁ? ほんとオマエのそういうこところ、先生はちゃんと見てるんだからな?
ろくに挨拶もせず、花鈴はテーブルの上に並んだ料理に目を向ける。
「これ、先生がつくったの?」
「ああ、そうだぞ」
「ふ~ん、あんま上手じゃないね。わたしでも作れそう、ちょっと焦げてるし」
ちぃぃッ! まあ確かに、俺もそこまで料理ができるわけでもないから、今朝の献立もトーストにベーコンエッグとサラダという簡単なものだ。そりゃあ母親が作ってくれるようなのを期待されても困るのだが。それにしたって言い方というものがあるんじゃないか?
「そんなことないよ花鈴ちゃん、これぐらいの方が香ばしくて美味しいよきっと」
「そう? まぁいいけど」
すかさずフォローをしてくれる日和の優しさに先生感動しちゃう。まったく、花鈴みたいな子どもは、ご飯を用意してくれる母親のありがたみというのものをもっと知るべきなのだ。なにもしなくても毎日食事が用意されていることがいかに幸せだったかを大人になってから思い知ることだろう。
さて、そうこうしているうちに時計は午前7時30分を指し、朝食の準備もできたのだが。いつまで経っても愛奈が起きてこない。
「愛奈のことだから、まだ寝てるんじゃない?」
「あの先生、わたしが起こしてきましょうか?」
「いや、俺が起こしてくるから、ふたりはちょっと待っていてくれ」
できれば朝食は全員揃って食べたい。俺はエプロンを外して食堂から出ると、足早に愛奈の部屋へと向かった。
「お~い天野、朝だぞ、起きてるか?」
外からドアをノックしてみるが返事はなく、しかたなくドアを開けると、ベッドの上でスヤスヤと寝息を立てている愛奈の姿を見つけた。パジャマがめくれてカワイイおへそが丸見えだ。
まったく、この子はしょうがないなぁ。
部屋に入ってベッドに近寄ると、小さな体をやんわり揺すってやる。
「ほら天野、もう朝だぞ。起きなさい」
「ん~……んゅぅ、おと~さん?」
「ちがうぞ、先生だ」
「ふぇ……せんせ~? なんで先生ぇがおうちにいるのぉ?」
どうやら完全に寝ぼけているようだ。あまり二人を待たせるわけにもいかないので、パジャマ姿のまま寝ぼける愛奈の手を引いて食堂へと向かった。
愛奈のマイペースには二人も慣れてるのだろう、やれやれといった様子で迎えると、ようやくテーブルに四人が揃った。
「それじゃあみんな、いただきます」
「「「いただきます」」」
俺に続いて三人が手を合わせて、思い思いに食べ始める。
おかしな気分だった。生徒と一緒に朝ご飯を食べているのもそうだが、今が非常事態だとは思えない穏やかな空気のせいだろう。
しばらくは雑談をしながら食事がすすみ、一通り食べ終えたところで、花鈴がサラダを残していることに気づく。
「ほら神崎、野菜がまだ残ってるぞ」
「はぁ? あたしブロッコリー嫌いなんですけど」
「好き嫌いせずちゃんと食べないと大きくなれないぞ?」
「そんなこと、先生に言われるすじあいないし」
「今は俺がみんなの保護者代理なんだ。神崎のお父さんやお母さんに代わって、ちゃんと面倒を見ないとな」
「……うっざ、そういうのほんとウザいんですけど」
一体なにがそんなに気に食わないのだろうか? 花鈴の態度はいつにも増して反抗的だった。べつに無理やり食べさせるつもりもないのだが、こういう生活面に関しては授業で注意するのとは勝手が違うので扱いに困ってしまう。この子も愛奈や日和のように素直だったら楽なんだけどなぁ。
結局、花鈴は野菜を残して食事を終えると、愛奈の身支度を手伝うためにふたりで洗面所に向かった。俺に対してはクソ生意気なメスガキだが、友達に対してはなかなかどうして面倒見がいいのである。
食器の片付けを日和に手伝ってもらってから食材の残りを確認するため蔵庫を開けると、使った分がすでに補充されていた。
まあ、なんとなく予想はしていたけどね。
俺は深く考えずドアを閉じるのだった。
*
朝8時45分、五年二組の教室に一限を知らせるチャイムが流れる。
「それじゃあ授業を始めるぞー」
朝食を済ませた後、各々自由に過ごしてから全員が集合した教室は、生徒が三人しかいないせいで空席ばかりが目立つ。
教室の窓から見える景色はいつもと変わらず、けれど、空には鳥も飛んでいなければ、敷地の外を車が走る音も聞こえない。
どうやら、単純に俺たちが外に出れないだけではなく、この学園自体が外の世界から隔離されているような状態だと考えるべきなのだろう。
こうなってくると時間の流れも気になる。ようやく外に出られたと思ったら浦島太郎状態でしたとかは勘弁してほしい。
こんな異常な状況で普通に授業をするというのは、なんともおかしな気分だが、俺は教師として自分の役目を果たすのみだ。
「それじゃあみんな、前回の復習からだ。教科書の45ページを開いて──」
それからしばらく、教室には俺の声と教科書のページをめくる掠れた音だけが響き、何事もなく4時間目まで終えると、昨日と同様に教室の前に出現したコンテナから支給された給食を食べた。
ここまでは順調だが、午後は新しく時間割に追加された【探索】の時間となる。
安全第一で考えるなら四人がまとまって動くべきだけど、ずっとそれではさすがに効率が悪すぎるので、二人一組になって行動することにした。つまり、探索の時間は三人の中から選んだ生徒とふたりきりになれる時間なわけだ。
ふっふっふ、全ては俺の目論見通り!
昨晩の愛奈とのお風呂がそうだったように、普通ならありえないことが未知の状況下では起こり得る。この機に乗じればJSロリと親睦を深められちゃうかもしれないわけで、これには胸の高鳴りを感じずにはいられないわけよ!
さーて、”愛奈” ”日和” ”花鈴” のうち、誰と探索のペアを組もうか?
俺はいたいけな少女たちをねっとりとした目で吟味するのだった。