アルテラとの淫らな約束をした翌朝。
カーテンの隙間から差し込む陽光の眩しさに、ベッドで眠っていたシーズは心地良い睡眠から目を覚ました。
昨夜は、あのままベッドの上でアルテラと抱き合っていたのだが、柔らかく包み込まれるような彼女の抱き心地を堪能しているうち、いつの間にか眠ってしまったようだ。
隣を見てもそこにアルテラの姿はなく、少し乱れたシーツからは彼女の体温を感じられなかった。
おそらくシーズが寝入ってしまった後、彼を起こさないように娘の眠る部屋へと戻ったのだろう。
もしかして、昨夜の出来事は自分の願望が生み出した夢だったのではないだろうか?
一瞬、そんな考えが頭をよぎったけれど、枕元に落ちていた長い銀色の髪の毛が、夢ではないことを証明してくれた。
シーズの脳内にはアルテラが自分のイチモツを咥えている姿が蘇り、朝立ちで大きくなっていた股間がさらにムクリと膨らんでしまう。
朝から悶々とした気持ちになりながら、シーズは改めて彼女たちの処遇について考える。
昨夜は頭の中が発情一色に染まっていたので、アルテラを住み込みのメイドとして雇えば、獣人の母娘は安定した暮らしを得るし、雇用主の自分は屋敷の労働力に加えて、アルテラの官能的な肉体も味わえるのだから、素晴らしい提案に思えた。
しかしよく考えてみれば、それじゃあ自分は、幼い娘を抱え路頭に迷う人妻に向かって、「へっへっへ、奥さんよぉ、行くあてがないんだろう? うちで雇ってやるから、あんたのそのよく熟れて美味そうな身体を差し出しなぁっ!」と言っているようなものだ。
──シーズ・ラングレイブよ、おまえは不幸な人妻の弱みにつけこんで身体を弄ぶような卑劣漢だったのか?
──いやしかし、これはアルテラ自らが提案してきたことだし──双方の合意があれば問題ないのではないか?
──いやいや、彼女が本当にそれを望んでいると言えるのか? 娘との暮らしを守るために悲痛な思いを胸の内に隠しているだけではないのか?
──いやいやそもそも、彼女たちを屋敷に住まわせる対価として労働力を支払ってもらえば、それでなにも問題はないはずだ。あとは自分がアルテラとの肉体関係を断れば済むことじゃないか。
──なるほど、アルテラの大きくて柔らかなおっぱいを我慢すればいいだけか。なんだ簡単なことじゃないか。
────────いやそれは無理だろ。
散々悩んだ結果、結局シーズがわかったのは、若きリビドーには抗えないということだけだった。
これ以上考えても仕方ないので、シーズは寝間着を脱いで身支度を整え、最後に小箱から領主の証である大切な指輪と取り出し指に嵌める。
指輪の上で青く輝く宝石を見つめていると、自分は領主なのだという自覚が取り戻され、さっきまで頭の中を覆っていたピンク色の霧が晴れたようにスッキリとした気持ちになった。
気を取り直して向かった食堂では、すでにマーサによって朝食が準備されている。食卓にはちゃんとアルテラとミリアの食器も並んでいた。
ちなみに、獣人の母娘はシーズより先に起きていたようで、アルテラはマーサの手伝いをしており、ミリアは邪魔にならないように傍で大人しくしていた。
「やあ、おはよう」
シーズが所在なさげにしているミリアに声をかけると、獣人の少女はびっくりしたように顔を上げる。
「おっ、おはようございます……」
ミリアは小さく挨拶をすると、とてとてと母親の方へ逃げてしまった。
スカートにひっつく娘をあやしながら、アルテラはシーズに気づいてうやうやしく頭をさげる。
「おはようございます。領主様」
昨夜のことが気恥ずかしく、なんだか落ち着かないシーズと違って、アルテラはそんなものを微塵も感じさせない笑顔を向けてくる。
アルテラは優しげな金色の瞳を穏やかに細めると、自分の後ろに隠れようとするミリアの頭を撫でながら、膝の前に移動させる。
「申し訳ありません。少し人見知りをする子で、照れているようです」
てっきり怖がられているのかと思ったが、どうやら照れていたらしい。
ミリアはもじもじと手をいじりながら、シーズをちらっと見ては、恥ずかしそうに顔を伏せた。
出会ったときも思ったのだが、ミリアの仕草はまるで小動物のようで、なんとも可愛らしかった。
しかし、頭に生える立派な獣耳は、小動物というよりキツネや狼のそれである。
ときおりピクンと動く様子を目にして、シーズは撫でたい衝動に駆られるのをぐっと堪える。
そんなやりとりを経て朝食を摂り終わってから、シーズは改めて昨夜に彼女と交わした約束について切り出した。
「彼女をこの屋敷の使用人として雇う、ですか?」
マーサが訝しむような目でシーズ見つめる。
その視線はまるで「お前がアルテラの色香にほだされているのはお見通しだぞ」と言われているようで、シーズの背中に嫌な汗が滲んできた。
「坊ちゃん」
幼いころからシーズを怯ませてきた、掠れているが厳格な老婆の声。
「な、なんだ」
「それは領主としての正しいご判断ですか?」
「もちろん、そうだとも」
「お父様とお母様に誓えますか?」
ここで亡き両親を引き合いに出されシーズは言葉に詰まるが、すぐに毅然とした表情をマーサに向ける。
「確かに……厄介の芽を摘むのも領主の仕事だが、寄る辺もなくこの地にたどり着いた獣人の彼女たちに手を差し伸べるのも、この地を治める者の責務のはずだ。領主として、俺は彼女たちを屋敷に住まわせると決めたんだ」
嘘は言ってない。それは間違いなくシーズの本心だった。もう半分の下心はあえて口にしないだけで──。
「──では、そのようにいたしましょ」
昔からシーズの隠し事をことごとく見破ってきたマーサだったが、さて今回はどうだと身構えていたら、マーサはあっさりすぎる返事をした。
「いいのか……?」
てっきり反対されると思っていたので拍子抜けしてしまう。
「当主が決めたことなのであれば、仕方ありません」
つまりこれは、犬を拾ってきた子供に対して、ちゃんと責任もって世話ができるのか問うような、通過儀礼でしかなかったのである。
マーサはシーズがどんな判断をしたところで、領主の決定には従うつもりだったのだ。
「そうと決まれば、お二人とも、もうお客様の時間は終わりですよ」
マーサは獣人母娘に目を向ける。
「しっかりと働いていただきますからね」
老婆の視線に怯むことなく、アルテラは深くお辞儀をする。
「よろしくお願い致します。マーサ様」
「様は結構です」
「かしこまりました。マーサさん」
次いでマーサのギロリとした目がミリアに向けられる。
「ぴぃッ!」
本能的に恐怖を感じたのか、ミリアは変な悲鳴を上げて母親の後ろに隠れてしまった。
「ミリア、ちゃんとなさい」
アルテラにとがめられて、少女はおっかなびっくり前に出る。怯えているせいか獣耳もクニャッとへたっていた。
「うぅ……お、おねがいします。おばあちゃん」
「おばあちゃん……?」
またも老婆にギロッと睨まれ、ミリアは顔を青くしながらも、なんとかその場に踏みとどまった。
「──まあいいでしょう。食事の片付けが終わったら、二人とも一緒に来なさい。覚えることは山ほどありますよ」
マーサはそう言って、テキパキとした動作で食器を片付け始める。
どうにか上手く事が運んでシーズが安堵していると、ミリアが不安そうな顔で自分を見ていることに気づいた。
まるで今から恐ろしい魔物の巣に向かわねばならず、助けを求めるような瞳だった。
しかし残念ながら、シーズも幼い頃からその魔物に太刀打ちできないので、頑張れと、心の中で応援することしかできないのである。
