顔を合わせるなり「バカ野郎」とはいきなり酷い言われようだが、そこはシーズも長年の付き合いで慣れたものだ。
怒ることなく仕方ないといったふうに肩をすくめながらマリーレイアに歩み寄る。
「そんなに遅れたかな?」
「お前は私のエスコート役だろ。お前がなかなか来ないから、私は部屋から出られなかったんだ」
それはシーズも初耳である。
(どうせパーティーを面倒くさがって部屋に篭ってんだろうなぁ)
シーズは内心で独りごちながらマリーレイアのそばに立つ。久しぶりに近くで見た幼馴染の顔は相変わらず美しく、まるで精緻な人形を見ているようだった。
するとマリーレイアは椅子に座ったまま、気だるげにシーズへと手を突き出してきた。
手を取ってエスコートしろという意味かと思ったが手の甲が下を向いているので、どうやら違う意味らしい。
そこでシーズは察したように、誕生日プレゼントとして持参した箱を彼女に手渡した。
マリーレイアは渡された箱から無造作にリボンをほどき、蓋を開けて中身をあらためる。
すると、つまらなそうな仏頂面が一転して柔らかな笑みに変わったではないか。
いったい何が入っていたのか。少女の喜ぶものといえば、一般的には綺麗なアクセサリーなんかだが、あいにくとマリーレイアは普通の少女ではない。
彼女の手によって箱から取り出されたのは、一見するとよく判らず、二度見してもやはり判らない、謎な形をした石器だった。人形のようにも見えるのだが――はっきり言ってガラクタである。
けれど、しつこいようだがマリーレイアは普通の少女ではないので、その謎な石器をいたく喜んでいるようだった。
「どこで手に入れたんだ?」
「森へ狩りをしに行ったときに見つけた遺跡で拾ったんだよ」
未開拓の自然が残るゼルトリアではたまに森の中で遺跡なんかが発見されるのだが、財宝が眠っているならともかく、朽ちてボロボロの建物なんて住民にとっては邪魔なだけであった。
けれど、シーズには理解しがたいのだが、それらはマリーレイアにとって、お宝に匹敵するほどの価値があるようだ。
しばし石器を眺めていたマリーレイアは子供のような笑みをシーズに向けた。
「悪くないぞシーズ。お前にしてはいいセンスだ」
(うーん、褒められても全く嬉しくない……)
シーズにしてみれば、拾ったガラクタをプレゼントしただけなので、そんなに喜ばれると逆に恐縮してしまう。
マリーレイアはいそいそと立ち上がると、部屋の引き出しからケースを取り出しソレを大事そうに保管した。
彼女の部屋をよくよく観察すれば、壁や棚のいたるところに、そういった類の品が飾られている。
虹色に輝く虫の標本や、用途不明の奇抜な造形をした調度品、妖しく輝く水晶の原石、見たことのない文字で書かれた古文書などなど。
父親の財力にモノを言わせて、あらゆる場所から変てこなものを取り寄せては部屋に飾って喜んでいるのだ。
遠回しにいって変わり者。端的にいえば変人である。
だからマリーレイアの関心を引こうと、高価な装飾品の類をプレゼントする男たちは見事に玉砕するわけだ。
いや、彼らが悪いのではない。むしろ問題は全て彼女にある。マリーレイアは外見と中身が全く一致していないのだ。
こんな可憐な少女が、自室でガラクタをうっとり顔で眺めているのを誰が想像できるだろうか?
まあ、もしも彼女が高価な装飾品を所望したところで、シーズにはそんなものを買う財力はないのだが――。
「マリー、お客さんたちがキミを待ってるぞ。早く会場に行こう」
シーズが声を掛けると、心底嫌そうな顔をされる。
「あーもう、面倒くさい」
マリーレイアはそう言ってベッドに座ると、足をパタパタと揺らす。
「せっかく綺麗なドレスを着ているのに勿体ないぞ」
「お父様がしつこいから仕方なく着てるだけだよ。動きづらいったら」
「ほら、駄々をこねてないで行こう。エスコートさせてくれるんだろ?」
シーズの言葉にマリーレイアはニヤッと笑う。
「だったら私はこうしてるから、お前が勝手に連れて行け」
そうして彼女は目を閉じると、ぱたりと仰向けにベッドへ倒れた。
「ほら、早くしろ」
マリーレイアは女性に不慣れなシーズを少しからかってやろうとしたのだ。
きっとシーズのことだから、照れて困り果てるにちがいないと、彼女は内心でほくそ笑んだ。
しかしマリーレイアの目論見とは裏腹に、シーズの手は迷いなく彼女の小さな背中と太ももの隙間に潜りこみ、華奢な身体をひょいと抱き上げた。
「きゃぁっ!」
マリーレイアの口から思わず女の子らしい悲鳴が漏れる。
彼女はその外見通り、簡単に持ち上げられるほど軽かった。けれど、手に伝わってくる女性らしい柔らかな感触に、横柄な態度ばかりが目立つこの幼馴染も、やはり女の子だなとシーズは感じた。
「おいっ、バカッ、なにしてる!?」
「なにって、マリーが勝手に連れてけと言ったんだろ」
「っ〜!! いいから放せバカ!」
シーズは仕方なく、じたばたと暴れるマリーレイアをベッドに降ろした。
予想外だった行動に驚かされ、マリーレイアは顔が紅潮するのを感じながら、シーズをまじまじと見つめる。
「お前、なんか変わったか……?」
「ん? まあ背は伸びたかもな」
「そーじゃねーよッ」
シーズがなにか変わったというのなら、それは間違いなくアルテラが要因だろう。
あのような美女と蜜月の仲になったことで、他の女性に対する距離感も自然と縮まっていたわけだが、本人にその自覚はなかった。
見当違いな返答をするシーズに、彼女は毒気を抜かれたように息を吐くと、自分の足で立ち上がった。
どうやら諦めて行く気になったようだ。
そうしてまた、彼に向かって無造作にマリーレイアの白い手が突き出される。こんどは手の甲が上を向いていた。
「ほらっ、ちゃんとエスコートしろよな」
ふんっ、とそっぽを向きながら、ちょっと恥ずかしそうに呟くマリーレイア。
彼は肩をすくめながら、まるでお姫様へするように、うやうやしく手を取るのだった。
