マリーレイアがパーティー会場に顔を見せた途端、その聞きしに勝る美しさによって大勢の男たちが殺到してきた。
巻き込まれてはたまらんと、シーズはさっさとその輪から抜け出そうとする。
自分を置いて逃げようとする幼馴染に文句を言いたいマリーレイアだったが、次から次へと男たちに声を掛けられて仕方なくよそ行きの愛想笑いを浮かべる。
いつボロが出ることやらと、シーズが離れて傍観しているところにドミニクが近づいてきた。
「助かったよシーズ。あの子も少しは社交性を身につけてくれたらいいのだがね」
マリーレイアと社交性。およそ結びつかないその二つに、父親のドミニクも悩まされているようだった。
「えーっと、そうですね。彼女はその……素晴らしい容姿に加えて、なんというか、独特な感性を持っているので……常人にはなかなか相手が務まらないというか」
シーズが微妙なフォローを口にするが、しかしドミニクは気を悪くたし様子もなく大きく頷いた。
「そうなんだよ、うちの子は可愛いんだ! 見たまえあの愛らしい姿、天使といっても過言ではないだろう!」
まあ、見た目だけなら――と、シーズは心の中で付け加えた。
「このあいだなんて、さる貴族の息子がマリーの可憐さに惚れ込んで求婚しに来たぐらいさ」
「えっ、そうなんですか?」
それはシーズも初耳であった。
「もちろん私はマリーの幸せを第一に考えているからね。大事な娘をほいほいと渡すわけにはいかない」
「そうでしょうね」
ドミニクが娘を溺愛していることは重々承知している。マリーレイアの我儘っぷりは父親の甘々な育て方に拠るところも大きい。
「だから、いちど二人で話をする場を設けてみたのさ」
「ほうほう」
「するとどうだい! 春風のように爽やかな顔でやって来たその彼は……」
「その彼は?」
「ゲロを吐きそうな顔して帰っていったのさッ!」
なんということだ――。
ドミニクとシーズは押し黙って顔を見合わせる。
そして、道化師がおもしろいジョークでも飛ばしたかのように、二人同時に『アッハッハッ!』と声を上げて笑った。
「いや笑い事じゃないんだよシーズ」
「うぇっ!?」
かと思えば、いきなり真顔になったドミニクがシーズに詰め寄る。
「大変だよ! このままじゃ私の可愛いマリーちゃんが行かず後家になっちゃうよ!」
「いや、そんな……マリーはまだ若いのだし」
シーズも彼女と同い年だが、まだ伴侶を迎えることについては漠然としか考えていなかった。
そのときシーズの脳裏には獣耳が生えた美女の顔がよぎったのだが、そんな妄想はドミニクのやかましい声でかき消された。
「最近は女だてらに学者の真似事なんか始めちゃってね、そんなことをさせるためにアカデミーに通わせたんじゃないんだがなぁ」
「おじさんが変なものを買い与えるからでは?」
「可愛い娘の頼み事を断りたくない! 私は娘に理解のある父親でいたいんだ!」
「ははぁ……」
もう間の抜けた返事しか出てこない。
「だからこのパーティーはマリーの婿探しも兼ねているというわけさ」
「ああ、どうりで男が多いわけだ……」
「見てみろシーズ、入れ食い状態だ! まるで砂糖に群がる蟻のようじゃないか!」
今もマリーレイアを取り囲んでいる身なりのいい男たちに向かってドミニクが指をさす。自分で呼んでおきながら酷い言い草である。
しかし、マリーレイアに話しかけていた男たちを見ていると、一人、また一人と、悲痛な面持ちで去っていくではないか。
「その蟻が、だんだんいなくなってますけど」
「なぜだ!?」
「砂糖だと思ったら、塩だったみたいな……?」
「おおぅ……」
ドミニクは悲しい現実を目の当たりにして両手で顔を覆った。
「まあ、そんな焦ることないと思いますよ、娘さんは本当に見た目だけは可愛いですから」
「うむぅ……何か引っかかる気もするが、そうだね……マリーの可愛さと感性を受け入れてくれる幼馴染がきっと何処かにいるだろうしネッ」
ドミニクはチラッと横目でシーズを見る。
「――え?」
「よく知った男が相手だったら、私も安心だなぁ……」
チラッ、チラチラッ。
「いやいやいやいや、俺たちにそういう話は早いですって」
危険な香りを察知したシーズは慌てて防壁を張ろうとする。しかしドミニクはこそっと顔を近づけると、手元でジェスチャーを作りながら低く野太い声で囁いた。
「ここだけの話……うちの持参金は凄いよ?」
「ちょっ!? 生臭い話はやめてくださいよ!」
ここら一帯を牛耳る商会主が言う「凄い」とは一体どれほどのものか、田舎領主のシーズは想像するだけで逆に怖くなってしまう。
「いいじゃない! なにがだめなのさ!? 父親の私に言ってごらんよ!!」
「いやっ、そもそもですね……」
ぐいぐいと爆弾を押しつけようとするドミニクを、シーズは沈痛な面持ちで見返す。
「彼女は――異性に興味があるんでしょうか?」
「おぉぅ……」
重大な問題に気付いてしまい、二人は揃って首を傾げた。
「おいお前らぁ、ずいぶんと面白そうな話をしてるじゃないか」
そんな彼らの後ろには、天使の皮を被った少女が悪魔的な目をして立っていた。
結局、誕生日パーティーは盛況であったが、ドミニクの期待した収穫はゼロのまま幕を下ろした。