誕生日パーティーがおひらきになった後、シーズはドミニクの厚意で屋敷に泊まっていくことになった。
人が居なくなるや、マリーレイアは豪華に飾られたドレスを脱ぎ捨て、代わりに動きやすそうなシンプルなドレスに着替えると、シーズを自室に引っ張っり込んだ。
そして、部屋に入るなり「面白いものを見せてやる」と言って、部屋にある数多のコレクションの中から小さな木箱を取り出して机に置いた。
蓋が開けられ、マリーレイアはとっておきの玩具を自慢する子供のような顔をしながら、中から古びた首飾りを取り出した。
シーズには古美術の知識などなかったが、劣化具合からソレが自分の生まれた時代よりも遥か昔に造られたことは察しがつく。
ところどころ風化しているものの、中央に位置する黒い石だけは欠けることなく鈍い光沢をたたえていた。
「これはかなりのレアものだぞ」
マリーレイアはドヤ顔で見せびらかしてくるのだが、シーズにはそれが古い物だということ以外は何も分からず、どれだけの価値があるのかさっぱり見当がつかない。
「高価なものなのか?」
物の価値という点で一番判りやすい”金額”を訪ねたシーズだったが、どうやらマリーレイアはその返答がお気に召さなかったらしい。
やれやれと呆れ顔でため息をつかれてしまう。
「まったくお前は……いいかシーズ、金で測れる価値に大した意味は無いんだ」
「いやそりゃあ、君からすればそうかもしれんが……」
シーズからすれば、その古びたネックレスに付いている鈍い光沢を湛えた黒石よりも、誕生日パーティーに来ていた貴族たちが身につけていたような、キラキラと輝く宝石のほうがよっぽど高価そうに見えるのだが、どうやら大富豪の娘とは価値観に大幅なズレがあるようだ。
それを言ったところで、この幼馴染の少女に通じるはずもないのは分かりきっているので、シーズは気の無い返事をするだけだったが、次にマリーレイアが口にする言葉によって顔色が変わる。
「これはな、獣人の国で発掘されたものなんだよ」
「えっ――?」
――獣人。
それは今のシーズが最も興味を引かれる単語であった。シーズが反応を示したことにマリーレイアも気を良くして話しを続ける。
「私はな、獣人のルーツについて研究してるんだ」
「ルーツ?」
「不思議だと思わないか、なぜ彼らには獣の耳と尻尾が生えている?」
ごく一般的な信仰心の持ち主であるシーズにとって、生命とは神の創り賜うた奇跡であり、そこに自らの考えをはさむ余地はなかった。
「それは、そういう種族として生まれたからだろう?」
「まあ、世の中には様々な主張が飛び交ってるけどな。けど私の考えは違う、植物であれ動物であれ人間であれ、その姿には意味があり、そうなった過程が必ず存在しているはずなんだ」
マリーレイアの言葉は自身に問うているようにも見えた。
「それでは、なぜ人の姿に獣の耳や尻尾が必要だった? 私には獣人が最初からあの姿で生まれたとは考えられない」
なにやら急に小難しい話をしだした幼馴染に面喰らいながらも、シーズは黙って話に耳を傾ける。
「人族に獣の耳が生えたのか、それとも獣が人の姿へと変化したのか。交配によってというのは、獣と人が生殖行為をしても子は生まれないので却下だな、いや、もしかしたらどこかに人と交配が可能な獣が存在するという可能性もあるか……」
可憐な少女の口から「生殖行為」なんて言葉が出てきてシーズはぎょっとする。
「ちなみに、獣人と人族の性行為によって子供が生まれることは確認されている」
「へっ、へぇ? そこんとこ、もうちょっと詳しく」
「なんだお前、そんなことに興味があるのか?」
「まっ、まあね! 俺もほらっ、領主として色々と知っておくべきかなぁって」
その知識が領主の責務になんの関係があるというのか疑問だが、マリーレイアは生徒から珍しく質問をされた教師のように、シーズの質問に答える。
「獣人と人族では繁殖の周期に差があってだな、人族は年中孕むが、獣人はごく短い発情期以外では、いくら性行為をしても受精しないらしい」
うら若い乙女が「性行為」とか「受精」とか臆面もなく口にすることに、この幼馴染には恥じらいというものを知らないのだろうかと、シーズは疑問に思ってしまう。
シーズが微妙な顔をしているのを照れているのだと勘違いしたマリーレイアは、からかうように意地悪い笑みを浮かべる。
「おいおい、もしかしてお坊ちゃんは子供の作り方も知らないのか? まったく……いいか? 男と女に付いている雄しべと雌しべをこうしてだな――」
マリーレイアは片手を握り、もう片方の手で人差し指を立てると、握った手の横から人差し指を挿してズボズボと動かして見せる。
「このように刺激することで男のチ○コから射精された精液に含まれる精子が――」
既にアルテラとの実技体験を済ませているシーズだったが、綺麗な顔をした少女がチ○コとか平然と口にするのは流石に止めてもらいたい。
「やめてくれ、子供の作りかたぐらい知ってるから……」
「ハハッ、そりゃよかった。領主様が世継ぎの作り方も知らないのは問題だものな」
「あのなぁ……」
呆れたシーズの様子を見て愉快そうに笑うマリーレイア。
しかし、話が脱線してしまったせいで、シーズはまだ本当に知りたいことを聞けていない。
「ごほんっ……ところで、マリー?」
シーズは咳払いをしてから、さりげなさを装って本題に移ろうとする。
「なんだ?」
「獣人のその、発情期っていうのは……いつ来るものなんだ?」
そう、本当に聞きたいのはそこだ。
世継ぎのことだとか色々と問題があるのは分かっていても、アルテラとセックスをしていると「この美女を孕ませて自分のものにしたい」という支配欲、独占欲に抗うことができず、彼女の子宮目がけて膣内射精をするたびに狂おしいほどの快感を覚えてしまう。
アルテラにしたって、どうぞ孕ませて下さいといった様子で受け入れているように見えたが、実は繁殖期外はいくら中出しされたところで妊娠しないのであれば、それを隠しつつシーズを容易く手玉に取っていたのだろう。
(うぅむ……さすが経験豊富な人妻だけある)
アルテラの手管にシーズが心の中で舌を巻いていると、マリーレイアに怪訝な顔をされてしまう。
「私もそこまでは知らんが」
「そっ、そうだよな……」
「まあ生理現象なんだろうし、女は体調の変化でわかるのかもな」
「なっ、なるほど?」
「なんでそんなこと聞く?」
マリーレイアに訝しげな瞳を向けられて、シーズはぎくりと表情を引きつらせる。
「いやっ、その、マリーの話を聞いて、俺も学問に興味がでたというか……」
マリーレイアは明らかに不審な様子のシーズを鋭い瞳でじっと見つめる。
「お前、私になにか隠してないか?」
「べっ、べつに、なにも……」
追求の視線から逃れるように目をそらしながら、シーズは誤魔化すように机に置かれた首飾りを手に取った。
「それにしても、なんだろうなぁこれ。獣人の国の宝物だったりして」
「そいつの出処は調べてるところだ――って、おい……ちょっとまて、おまえ、それ……」
「あっ、触っちゃまずかったか?」
マリーレイアが急に血相を変えたので、勝手に触れたことを怒ったのかと思ったが、それにしては様子がおかしい。
「お前の指輪……光ってないか?」
「は?」
マリーレイアに言われてシーズが自分の手を見ると、確かに家宝の指輪がうっすらと光っているように見える。
いや、指輪だけではなく、シーズが手にした首飾りの黒石も淡く光っているようだった。
マリーレイアが急いで部屋のランプを消したことで、石の淡い光がはっきりと視認できるようになり、暗い室内を照らすのは、石の光と窓から差し込む月の光だけとなった。
夜の空には青白く光る満月が浮かんでおり、シーズの手の中にある光はそれによく似ていた。
「マリー、これはいったい……」
「わからない、こんな現象は初めてだ……」
マリーレイアは探究心に火がついたのか、食い入るようにシーズの手で光る石を覗き込む。
まるで共鳴するかのように光っていた二つの宝石は、次第にその瞬きを潜め、やがて発光は完全に止んだ。
マリーレイアは部屋のランプに火を灯し、机から取り出した拡大鏡で石を観察しながら呟く。
「石の色が変わってる」
言われて見れば、首飾りについていた黒い石は少し青みを帯びたように見える。逆に指輪の宝石は少し青色が薄れていた。
「げっ……ほんとだ」
代々受け継がれてきた大切な指輪が変色してしまい、ショックを受けるシーズだったが、マリーレイアは興味津々といった様子で目を輝かせる。
「なあシーズ。とりあえずその指輪、私に売ってくれないか?」
「売れるかっ! 家宝の指輪だぞ」
「いいだろ別に。似たような指輪つけとけばバレないって」
「だめだって、いくらマリーでもこれだけはダメだ」
「ちぃっ、強情だなぁ……あっ、そうだ、名案閃いた」
シーズはそれを聞いた瞬間、マリーレイアが絶対にろくでもないことを言うと確信した。
「私たちが結婚すればいいんじゃないか? 家族になれば家宝も私のだし」
「いや、その理屈はおかしいだろ」
結局、あの発光現象がなんだったのかわからないまま、二人が指輪をめぐって騒いでるうちに夜は更けていった。