(なんだこれ……)
応接室のソファに座って美味しそうに菓子を頬張るミリア。
よほど甘いお菓子が気に入ったのだろう、頭の獣耳がピクピクと動いているのは喜んでいる証拠だ。
小さな口で一生懸命に菓子をかじっている姿は愛らしく、その微笑ましい姿にはシーズもほのぼのとした気持ちになってしまう。
――のだが。
その隣に座っている幼馴染の存在がそれを台無にしている。
ニヘラニヘラと緩みきった笑みを浮かべるマリーレイア。実に奇怪である。童話に登場する子供を拐う魔女はきっとこんな顔をしているにちがいない。
「ミリアちゃぁん、美味しい?」
「うんっ、おいしぃ!」
「好きなだけ食べていいのよ。お姉ちゃんの分もあげるからぁ♡」
「いいのぉ?」
「もちろん!」
初対面なのに、やけに親切にしてくれるマリーレイアをミリアは不思議そうに見つめている。
普段のマリーレイアを知っているシーズは、彼女の甘ったるい喋り方に背筋が寒くなる。
しかし疑うことを知らない獣人の少女は、素直にそれを優しさだと解釈したようだ。
「ありがとー、マリーお姉ちゃん!」
「ふッ……ぅっ!」
マリーレイアは目眩でもしたかのように、ふらつきながら額を手で覆う。
「あぁ……尊い……」
ついに訳のわからないことを口走りだした。
マリーレイアの変貌ぶりにはシーズも戸惑うばかりだ。いつもニヒルな笑みを浮かべるクールな美少女はどこにいったというのか。
シーズは彼女のことを変人だと思っていたが、これではただの変態である。
幼馴染の知られざる一面を垣間見てしまい、シーズはなんともいえない気持ちになった。
「ねぇミリアちゃん、お耳触ってもいーい?」
「おいマリー、ミリアが嫌がるようなことはやめてくれよ」
シーズが止めに入ろうとするが、優しいミリアは少し考えるそぶりをしてからニコッと微笑む。
「いたくしないならぁ、いぃよ?」
「うっはァッ! 大丈夫! お姉ちゃん絶対に痛くしないから! 先っちょだけ、先っちょ触るだけだから!」
これは危険だと判断したシーズは、後ろからマリーレイアを羽交い締めにして、よっこいせとミリアから引き剥がした。
「うわっ、放せコノ野郎! 金ならあるんだぞ!!」
「あぁもう、タチの悪い酔っ払いか!」
二人がぎゃーぎゃーと騒いでいる部屋の外には、扉の隙間からこっそりと中を覗き見していたアルテラが居た。
なかなか戻ってこない娘を心配して様子を見にきてみれば、この異様な現場を目撃してしまったようで、酷く困惑しているようだ。
彼女が中に入るべきか迷っていると、変態的な嗅覚で獣人の臭いでも嗅ぎつけたのか、マリーレイアは隠れていたアルテラに向かってビシッと指をさす。
「ヘイッボーイ、彼女も指名だ!」
矛先が自分に向いたことに気づき、アルテラは逃げるわけにもいかず部屋へ入ると、助けを求めシーズに視線を向ける。
(ほんと、なんだこれ……)
結局、暴れるマリーレイアを宥めるために、不承不承に彼女の両隣にアルテラとミリアを座らせることになった。
獣人の美女と幼女をはべらせ、ご満悦といった顔をする幼馴染に、疲れ果てたシーズはもう突っ込む気にもならない。
マリーレイアはスカートからはみ出す二人のフサフサした尻尾を両手で撫でながら、その手触りに浸っている。
獣人の研究をしていると言っていたけれど、シーズは彼女がただの獣人フェチなのではという疑惑を向ける。
ミリアは気にした様子もなくお菓子を頬張っており、アルテラは若干困った顔をしているが、そこまで嫌がっているわけでもなさそうだった。
二人には今しばらく我慢してもらうしかないだろう。
シーズは申し訳ない気持ちになりつつ、本当なら今頃は自分がアルテラとイチャイチャしていたのにと落胆する。
この嵐のような幼馴染が帰った後は、ベッドの上で思う存分アルテラの尻尾を撫で回してやるぞと、シーズは心の中で誓った。
「ああっ……実にいい気分だ」
「それだけ好き勝手やってりゃそうだろうさ」
シーズのじと目なぞまるで気にした様子もなく、マリーレイアはひとり思案するように頷いた。
「うん、よしっ、決めたぞシーズ」
(――聞きたくない。本当に聞きたくない)
きっとこの幼馴染はこれからロクデモナイことを言い出すに違いない。シーズには容易に察しがついた。
(このまま居座るのだけは勘弁してくれ……)
「しばらくここに滞在する。そうだなぁ、とりあえず1ヶ月ぐらい?」
シーズの儚い望みは、いともたやくす打ち砕かれた。
どうやらこれはまだ、波乱の幕開けでしかなかったようだ。