ある日、ラングレイブ家の屋敷に旅の商人が訪れた。
「各地を巡り集めた珍しい品々を是非とも領主様にご覧いただきたく存じます、ハイ」
つまるところは訪問販売である。
応接室に通された商人の男は年季の入った手もみをしながら、テーブルの上に次々と品物を並べてゆく。
「こちらの織物など、砂漠の国より仕入れた一品でございます」
「確かに、こんな見事な刺繍は見たことがないな」
シーズが手にした織物を後ろで控えているアルテラに見せると、彼女は微笑みながら静かに頷いた。
「はい、とても素敵な品でございますね」
対面に座っていた商人は、アルテラの美貌に魅入られたかのように、愛想笑いも忘れて彼女をじっと見つめる。
「どうかされたかな?」
シーズに声をかけられた商人は、我に返ると慌てて頭をさげる。
「いや、失意礼いたしました。そちらのご婦人があまりにお美しいもので、つい見とれてしまいました」
きっとそんなことは言われ慣れているのだろう、アルテラは顔色一つ変えずに優雅な会釈をする。
その仕草がまた気にいったのだろう、商人がアルテラの興味を引こうと矢継ぎ早に話しかけるのを、途中でシーズがゴホンと咳払いをして遮った。
「いや、今日は珍しい品を見せてくれてありがとう。すまないが、これから別件があるのでね」
「やっ、さようでございますか、わたくしは数日こちらの街に滞在しておりますので、なにかご入用がありましたら是非」
「ああ、そうさせてもらうよ」
そして商人は名残惜しそうにアルテラの顔を何度も振り返りながら屋敷の門を出て行った。
「すまなかったなアルテラ」
「なにがでございますか?」
「いや、さっきの商人がきみのことを随分気にしていたようだから」
「きっと獣人が物珍しかったのですわ」
アルテラはとくに気にした様子もなかったが、商人が彼女を熱い視線で見つめていたのは、けっして物珍しさだけではないことぐらい、シーズにだってわかる。当人であれば気づかないはずがない。
(やはり、こういうことには馴れているんだろうな)
こんな美人が男に言い寄られないわけがない。あまりアルテラを見知らぬ男の前に出すのは避けるべきかと考えたシーズだが、まさか商人が次の日も屋敷を訪れるとは予想しなかった。
訪問者の対応にアルテラが姿を見せるや、商人はここぞとばかりに彼女に詰め寄って、あれやこれやと話しかけてきた。
何事かと駆けつけたシーズが理由つけて追い払ったのだが、そこは商人、ただでは引き下がろうとせず、献上品として置き土産を残しっていった。
上等な酒が数本と、なにやら小箱が一つあったので開けてみると、中には美麗な細工のブローチが鎮座しており、そこに添えられたメッセージカードには『美しい貴女へ』と書かれていた。
隣で見てたいアルテラと目が合う。
「とても綺麗なブローチですね旦那様」
「うっ、うん、そうだな……」
おそらく相当な値打ち物だろう。こんなでかい宝石のついた装飾品はとてもじゃないがシーズには手が出ない。
うっとりとした目で宝石を見つめるアルテラの仕草が心に刺さる。
アルテラが身につければきっと彼女の美貌を引き立ててくれるにちがいない。彼女にあげれば喜ばれるだろうが──下心のある男が贈ってきた品を彼女に渡す気にはなれなかった。
「これは……マーサにだな」
「はあ」
そしてブローチはしかめっ面をする老婆が受け取った。
ちなみに、他の酒は全てドイル老にあげた。「いいんですかい若? こんな上等な酒を貰ってしまって」と恐縮していたが、とても自分で飲む気にはなれなかった。
そしてあくる日も、商人はまるで頃合いを見計らっていたかのように、アルテラが屋敷の外へ出てきたところにヒョッコリと現れたかと思えば、いきなり熱烈な求愛をしてきたのだった。
たまたま部屋の窓からそれを目撃したシーズは、驚いて外に飛び出してゆくと、どういうつもりだと語気を荒げて商人に問い詰める。
すると商人は開きなおって、「どうか彼女を私にお譲りください」とのたまうではないか。
「急に何を言い出すかと思えば、アルテラは物じゃあないんだぞ」
「でしたら、彼女の意思さえあればよろしいのですね? いかがでしょうアルテラさん、私の妻となっていただければ女中のようなことはさせません。何不自由のない暮らしをお約束します。もちろん領主様にも相応のお支払い致しましょう」
さすが商人の舌はよく回る。こちらに喋らせないまま勝手に話を進めようとする商人に、シーズもしだいにイラついてくる。
「いい加減にしろ、そんなこと彼女が望むわけがない」
「それは貴方のお考えでは? どうかアルテラさんの口から本心お聞かせください」
問われるような視線に、あらあらと困ったふうな顔をするアルテラ。
「まぁ、どうしましょう……わたくし、旦那様に大変な恩がございますのよ」
アルテラの返答を聞いてシーズは落胆した。彼女のことだからキッパリと断ってくれるものだと思っていたいのに、まるで迷うような素振りを見せられてしまった。
(それじゃあ……恩さえなければ、この商人について行くっていうのか?)
胸の内にざらついた感情が湧き出してくる。
「でしたら、その”恩”も含めて、私は領主様に金貨500枚をお支払いいたしましょう」
シーズが動揺しているうちに、商人は流れを掴もうと次の手札を切ってくる。
女一人に金貨500枚など馬鹿げている。普通ならありえない金額だが商人の目は本気だ。
アルテラは驚いたかのように口元に手を当てながら、シーズに視線を送る。
(なんだその目は……俺にどうしてほしいんだ)
これ以上この場にいるべきではないと判断したシーズは、強引に商人からアルテラを引き離す。
「どうやらあなたはまともではないようだ。そちらにアルテラを渡すことはできないし、今後この屋敷には近づかないでいただこう」
そう言い捨て、アルテラを連れて屋敷に戻ろうとしたとき、商人は必死の形相でアルテラに向けて手を伸ばした。
「まっ、まてっ———!」
「きゃっ!」
しかし商人の手が届く前に、シーズが彼女を後ろに庇う。
「まて、まってくれ、お願いだ、彼女を私に……!」
阻まれながらも血走った目でアルテラに迫ろうとする商人の様子に危険を感じたシーズは、右手で商人の胸ぐらを掴むとグイッと引き寄せて眼前で睨みつける。
「いい加減にしろ、これ以上見過ごすことはできないぞ」
商人は首元を締め上げられ苦しそうにもがいていたが、しだいに落ち着きを取り戻していったかとおもえば、今度はなにやらキョロキョロと辺りを見回しだす
「わ、私はいったい……領主様の屋敷で、どうして、こんなことを……」
「なに?」
態度の急変した相手を訝しみながらシーズが手を離すと、商人はその場で平伏する。
「もっ、申し訳ございませんでした領主様! 私は、なっ、なんという無礼を……」
先ほどまでの威勢はどこに消えてしまったのか、商人は自分のしでかしたことに怯えた様子で、額には玉のような汗を浮かべている。
まるで人が変わったかのような様子にシーズも呆気にとられ、先ほどまで頭に上っていた血がすっと引いていった。
「……いや、もういい。今回のことは多めに見よう。荷物をまとめ、この街から早々に立ち去るんだ。わかったな?」
「かっ、かしこまりました!」
首のつながった商人は、一目散にその場から逃げだした。
(いったい、なんだっていうんだ……)
どうにも腑に落ちないシーズが後ろを振り向くと、そこにはいつも通り静かに微笑むアルテラが立っていた。
「旦那様、お怪我はございませんでしたか?」
「ああ、平気だ……」
「あの方は一体どうされたのでしょうね?」
まるで他人事のような口ぶりに、シーズはため息をつきながら彼女の手を掴む。
「アルテラ、ちょっと来てくれ」
「あんっ」
シーズは強引に彼女の手を引きながら自室へ連れ込んだ。
「痛いですわ旦那様、いったいどうなさったのです?」
「アルテラ、ああいうことは止めてくれないか」
「ああいうこと、とおっしゃいますと?」
「さっきみたいに、よその男に気を持たせるような素振りをすることだ」
「ふふっ、旦那様ったら、そんなに私が他の男性とお話するのがお嫌ですか?」
「アルテラ、からかわないでくれ」
とぼける口ぶりのアルテラに、シーズの口調が若干硬くなる。
「からかうなんてそんな、私は旦那様のおっしゃることならなんなりと聞きますわ、さあ、ご命令なさって」
「命令したいわけじゃないんだ」
「でしたら私、きっとまた知らない男性に言い寄られてしまいますわ。こんどはきっと、旦那様の知らないところで別の男に唇を奪われて、胸をまさぐられ、ここを弄られて……」
アルテラはいやらしく身をよじりながら、豊満な乳房をなぞりスカートに隠された秘部に指を這わして、挑発するような瞳でシーズを見つめてくる。
「アルテラ、頼むから俺を困らせないでくれ」
「うふっ、旦那様が何を困っていらっしゃるのか、アルテラにはわかりません」
まともにとり合おうとしないアルテラに業を煮やしたシーズは、彼女の体を乱暴にベッドに押し倒した。