不審がるアルテラの誤解をとくため、シーズは朝起きたら指輪がなくなっていた事を説明した。
「アルテラは何か知らないか?」
「旦那様の指輪ですか? ええ、確かに私も、昨夜はテーブルの上に置かれているのを見ておりますわ」
ということは、少なくとも昨日の夜、シーズが眠るまで指輪は部屋にあったということだ。
「へぇ、昨日の夜はアルテラと一緒にいたのか」
「んぅっ……!?」
マリーレイアの冷ややかな視線を感じながらも、シーズの脳裏には嫌な考えがよぎってしまう。
(いや……そんなまさかな)
けれど、それを口にするのは憚られてしまい、シーズが黙ってしまうと、変わりにマリーレイアが口を開いた。
「まあ考えられる線としては、一つ、何かの拍子で落ちた指輪が今も部屋のどこかに転がっている」
それはシーズも真っ先に思いついたので、ベッドや机の下までよく探したけれど見つからなかった。
「二つ、外部からお前の部屋に侵入した何者かが、指輪を盗んでいった」
普通に考えればそれがいちばん可能性が高いのだが、その侵入者というところに問題があるのだ。
「補足として、その侵入者は、この屋敷にいる誰かの可能性が高い」
「おいマリー、せっかく人が言わずにおこうとしてたのに……」
「ふんっ、こういうのは下手に勘ぐるより、はっきり言っておいたほうがいいんだ」
マリーレイアの言葉にも一理ある、しかしそれを聞いていたアルテラは、不安そうな表情でシーズを見つめた。
「旦那様……もしかして、私のことをお疑いになられてますか……?」
「まさか!」
シーズは不安がるアルテラを安心させるため、大げさにかぶりを振ってから、優しく彼女の肩に手を置いた。
「この屋敷にいる者は皆、俺にとって家族も同然なんだ。疑うわけないじゃないか」
「旦那様……」
シーズの言葉に、アルテラがうっとりとした顔で瞳を潤ませる。
(これはキマった!)
素晴らしい領主様を演じているシーズに向けて、またも冷たい視線が隣から突き刺さる。
「私は真っ先に疑われたけどナ」
「んぅっ……!?」
やはりシーズはキマらない男であった。
*
さて、あまり事を荒立てたくなかったシーズは、とりあえず指輪がなくなったことは、三人の秘密にしようと思っていた。
しかし、マーサには会った直後に「坊ちゃん、指輪はどうされました?」と気づかれ、庭仕事をしていたドイル老に会えば「おや若、指輪はどうされたんで?」と言われた。
しまいには、ミリアにまで「だんな様、ゆびわしてないです?」とバレてしまい、結局、屋敷にいる全員に指輪が紛失したことが知れ渡ってしまう。
毎日顔を合わせているからこそ、違和感にも気づきやすいのだろう。
意外だったのは、指輪の紛失を聞いて一番驚いていたのがドイル老だったことだ。
やはり長年仕えているが故に思い入れもあるのだろう。シーズは先代らに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
しかし、数日が経過してもやはり指輪は見つからず、盗人の線を探ろうにも、有力な目撃情報がないのでお手上げ状態である。
そして今、シーズはため息をつきながら部屋で一人悩んでいた。
当主として指輪を紛失したことに負い目を感じているのも確かだが、それとは別に、最近どうも体調がおかしい。
まず、以前にも増してぼんやりする事が多くなったのだが、これは疲れが溜まっているせいだと考えればまだ納得できる。
しかし、それでは説明のつかない異常が彼を悩ませていた。
最近どうしてか、シーズの頭には頻繁に卑猥な妄想がよぎるようになり、かと思えば、男根が疼いて居ても立ってもいられなくなってしまうのだ。
どこに居ようが何をしてようが、お構いなしにピンク色の妄想に取り憑かれてしまう。
“ただの欲求不満”という言葉で片付けるには、明らかに度を超えていた。
どうしても我慢できない時はアルテラを呼んで性行為をするのだが、それも一時凌ぎでしかなく、いくら水を飲んでも喉の渇きが止まらないように、またすぐ疼きに襲われてしまう。
(医者に診てもらうべきか……しかしなぁ、領主がこんな馬鹿げた症状で悩んでるなんて知られるのはまずいだろ……博学なマリーならこういった症状について何か知ってるだろうか?)
あの幼馴染にこんな恥ずかしい相談をしたらイジられるに決まっているのだが、そうも言っていられない。
シーズが腰を上げようとしたそのとき、部屋のドアがコツコツと叩かれる音が聞こえた。
その小さな音から、シーズはドアの向こうに誰がいるのかを察した。
「ミリア、入っておいで」
シーズが声を掛けると、ゆっくり開かれたドアの隙間から、ミリアが遠慮がちに顔をのぞかせる。
「だんな様ぁ、いまいいですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
シーズが頷くと、部屋に入ってきたミリアは、とてとてと机を回り込み、椅子に座るシーズの目の前までやってきた。
「どうしたんだ?」
「だんな様ぁ、お手てを見せてください」
「ん、これでいいか?」
言われるままにシーズが右手を差し出すと、ミリアは自分の手の中に隠し持っていたモノをシーズの指にはめた。
それは庭に咲いている小さく丸い花で作られた指輪であった。
ミリアはハニかみながら、シーズの反応をうかがっている。
どうやら指輪を失くして落ち込んでいるシーズのために、花の指輪を作ってくれたようだ。
純粋な少女の優しさに感動したシーズは、ミリアを膝の上に抱き上げると、小さな体を抱き締めた。
「ありがとうミリア」
「だんな様ぁ、げんきでましたか?」
「ああ、ミリアのおかげだ」
「えへぇ……」
喜んで貰えたのが嬉しかったのだろう、ミリアの尻尾がパタパタと揺れ動く。
シーズが彼女の頭を優しく撫でると、気持ち良さそうに目を細めながら、甘えるように擦り寄ってくる。
頭に生えた柔らかな獣耳の感触を堪能しながら、シーズが少女に頬ずりをすると、ミリアが小さな唇をシーズの頬に押し当てると、少し照れたように微笑んだ。
「えへへ……」
どこで覚えたのか、最近ちょっとオマセなミリアである。
シーズもお返しをしようとミリアの頬に顔を寄せた。
これは子供のおままごとに付き合ってるに過ぎない。もちろん彼にやましい気持ちなど微塵もない。
そのはずだったのに。
ミリアの小さく瑞々しい唇は、初めて触れた男の唇によって塞がれてしまった。