スフィアナが父と母を失ったあの日から二年の歳月が流れた。
その間に少女の体は女性特有の丸みを帯び、身長はすらりと伸びて、平たかった胸は服の上からでもふっくらと隆起しているのがわかるぐらい膨らんでいた。
頭とお尻で揺れる銀色の毛皮は艶を増し、美しく流れる長髪と伏し目がちな瞳を飾る長い睫毛に彩られた端正な顔からは幼が薄らいで、内側から女の色香を滲ませている。
子供から大人の女に成長する過渡期は、咲きかけの蕾が美しく花開こうとしているようだった。
しかし、スフィアナが着ているのは、長年着古され穴が空く度に繕われた跡が幾つもあるスカートに、洗っても落ちない汚れが染み付いた麻のシャツという、彼女の麗しい容姿に不釣り合いなものである。
叔父夫婦に引き取られたスフィアナであったが、残念ながら、そこは両親を失い心に深い傷を負った少女が何の心配もなく安らげる家ではなかったのだ。
宿屋を営んでいる叔父夫婦だったが、経営状況は芳しくなく、最近は大通りにできた宿屋に客を取られてしまい宿泊客も減ってしまい、町の男共が仕事帰りに安酒を飲みに来る酒場の売り上げで食いつないでいる状況だった。
家計が苦しいのに加えて、叔母がスフィアナを引き取ることを快く思っていなかったことも問題だ。
夫婦二人でやっとの生活だったというのに、自分の子供でもない娘を養うことが不満だったし、家庭内で殺人が起こった家の娘など気味が悪くて仕方がなかった。もしも、スフィアナと父親が性的な関係だったことを知っていたら絶対に引き取らなかっただろう。
そしてなにより、叔母はスフィアナの美しい見た目が気に食わなかった。
恰幅がよく宿の力仕事で手足は太くなり、顎の下に肉の付いた顔には長年の不景気で眉間にシワが刻まれて、お世辞でも美人と言われることはない。
それに比べて、人形のように美しいスフィアナの容姿が妬ましくてしょうがなかった。
そんな叔母のスフィアナに取る態度は実に冷たいもので、最低限の生活をさせてやる以外はろくにものを与えることなく、宿の手伝いでこき使い、毎日嫌味ったらしく小言を垂れ流してくる。
叔父にしたって、意地悪な叔母からスフィアナを助けるようなことはしない。叔父という人間を言い表すとすれば”無害な小心者”だった。
スフィアナを引き取ると言ったのはもちろん善意だが、半分は「もしも姪を見捨てたら自分は悪人になってしまう」という恐怖心によるものである。
だから叔父はスフィアナを見捨てはしないが、恐い妻に逆らってまで守ってはくれない。害はないけど頼りにもならない存在だ。
そんな叔父夫婦の元で暮らすことがスフィアナにとって幸せであるはずもなく、彼女も日々の生活に不満を募らせていた。
今でもたまに夢にを見てしまう。周囲の人々から愛され、温かい家庭で何不自由なく暮らしていたあの日々を。
しかし、それは全て失われてしまった過去であり、今のスフィアナには他に頼れる者がいない。この家を追い出されたら行くあてがない。スフィアナは自分が大人の助けなくして生きてはいけない無力な子供であることを自覚していた。
けれど、自分がそんな大人すら惑わせる魅力を秘めていることも理解していた。
*
それはスフィアナが叔父夫婦に引き取られてから半年ほど経った頃に起こった出来事である。
酒場にたむろっていた男共が家に帰り宿泊客が寝静まった頃、自室で眠っていたスフィアナが喉の渇きに目を覚まし、水を飲みに台所に向かったところで、叔父夫婦が神妙な面持ちで会話をしている場面を目撃した。
「ねえあんた、一体いつまでスフィアナをウチで預かるつもりなのよ?」
「そっ、それは、彼女が独り立ちできるようになるまで……」
「冗談じゃないよ、私たちの子供だってまだだってのに、どうして他所の子の食い扶持まで面倒みないとならないのさ、それというのもあんたが変に善人ぶろうとするのが悪いのよ」
「いや、しかしなぁ……一度身元を引き受けた娘を追い出すのは……」
「だったら奉公に出すなりすればいいじゃないのさ、見てくれだけはいっぱしだからスケベオヤジ共なら喜んで引き取りますよ。まあそれであの子がどうなるかは知ったこっちゃないですけどね」
「そんな、おまえ……」
「なんだい、あたしに文句があるっていうの!?」
「いや、そういうわけでは……」
「だったら、あんたがちゃんとスフィアナに言い含めるのよ、いいわね?」
「わ、わかった、だからそんなに怒らないでおくれ」
そんな会話を聞いてしまったスフィアナは、二人に気づかれないよう足音を忍ばせて自室に戻ると、ベッドに潜り込むと必死に頭を巡らせた。
叔父夫婦との暮らしはとても幸せとは言い難いが、追い出された先は今以上の劣悪な環境が待っているとしか思えない。
(どうにかしないと……でも私が嫌だと言ったところで叔母さんは許してくれないわ……)
全ては叔父夫婦の一存で決まってしまう、何も持たない自分に一体なにができるのだろうか?
黙って不幸を受け入れて生きていくしかないのだろうか?
諦めるしかない。そう思いかけたところで、スフィアナは気付いた。不幸な現実が、冷酷な周囲が、彼女にそれを気づかせてしまった。
(あるわ……あるのよ、私にできること……)
*
あくる日の夜、スフィアナの部屋に叔父がやってきた。
「スフィアナ、ちょっと話があるんだが」
「叔父さん、なんでしょうか?」
そわそわとした叔父の態度から、言いづらい話を切り出そうとしていることは見え見えだった。
いつも自信なさ気に俯いて猫背が癖になっているせいで、元々が小柄な叔父は余計に小さく見えてしまう。
「実は、おまえには申し訳ないのだけど……」
叔父が意を決して言いかけた言葉を遮るためにスフィアナも口を開いた。
「ねえ叔父さん、わたし、知っているんですよ?」
話の途中で割り込まれた叔父は驚いて聞き返す。
「なっ、なにをだい?」
「叔父さん、いつも私の下着に悪戯しているでしょう?」
「ッ……!?」
スフィアナは知っていた。叔父が毎晩のように自分のショーツを手にしながら自慰行為に浸っていることを。
彼女の父親と同様に、叔父もまた一つ屋根の下で暮らすスフィアナに欲情していた。しかし小心者であるがゆえ、直接手を出すこともできずに、彼女の下着で欲望を発散させていた。
「そっ、それが、なんだっていうだ……!?」
小心者ぶりを発揮して顔を引きつらし怯える叔父に、スフィアナは優しく微笑みながら近づく。
「ねぇ叔父さん、私ね、ここを追い出されたら困るの。だから、叔母さんを説得してくださらない? 叔父さんだって、本当は私に居て欲しいのよね?」
「そっ、それは……」
スフィアナの指摘は外れてはいなかった。宿の経営は傾き、妻はいつも不機嫌な顔で怒鳴ってくる。そんなうらびれた生活において、スフィアナの股間の甘酸っぱい匂いの染み付いた下着の匂いを嗅ぎながら行う自慰は唯一の憂さ晴らしだった。
けれど、ヒステリックに怒る叔母の顔を想像すると身がすくんでしまう。とてもではないが、叔父には妻に立ち向かう勇気などなかった。
そんな臆病者を奮い立たせるためにはどうすればいいのか、スフィアナはわかっていた。
「もしも叔父さんが助けてくれるなら、わたし、叔父さんにいいことしてあげるわ」
「えっ……」
「下着だけじゃ満足できないでしょう?」
そう言いながら、スフィアナはスカートの裾を上に持ち上げていく。
その下から隠れていた白い生足が徐々に現れ、まあるいふくらはぎから、うっすら肉づいた柔らかそう太ももの付け根には、少女の秘部を隠す逆三角形の布地が垣間見えた。
呆然とした顔でスフィアナの股間に目が釘付けとなった叔父にむかって、スカートをたくし上げたままスフィアナは囁く。
「ねえ、叔父さん、もっと近くにきて」
「あっ、あぁ……」
こうしてスフィアナはその身に秘めた魔性に目覚めていくのだった。