さて、街を去ったスフィアナに少年が思いを馳せている頃、全財産と荷物を抱えて何日も馬車に揺られていた彼女は、ようやく目指した街へと到着していた。
以前居た街よりもずっと大きく発展した街。隙間なく並ぶ建物と綺麗に舗装された石畳。行き交う人々の顔には活気が溢れていた。
見知らぬ土地の匂いを感じながら馬車から降りたスフィアナが、まず初めに向かったのは街の服屋だった。
彼女が開けた扉がベルの音を響かせると、カウンターの奥に居た店の主人は反射的に商売人の笑みを浮かべて客へと目を向けたが、入ってきたのが荷物を抱えた見すぼらしい格好の娘だとわかると、あからさまにガッカリした顔になる。
「こんにちは、服を揃えたいのだけれど」
「……見るのは構わないがね」
いくらスフィアナが美人であっても、儲からない相手は客と見なされない。「ここにはお嬢さんが買えるようなものは置いてないよ」と、門前払いされなかっただけ店主は良心的である。
スフィアナは店内に飾られているドレスの中から気に入ったものを手に取り、「これがいいわ」と呟くと、店主はやれやれとため息をついた。
「はぁ……こんなこと言いたくないんだがね、それはお前さんの買えるようなものじゃ……」
どこぞから来た田舎娘に身の程というものを教えてやろうとした店主だったが、その言葉を遮るようにスフィアナがキラリと光る金貨を見せた途端、しかめっ面が媚びた笑みに変わる。
「ええはい、そりぁもう、お嬢様には大変お似合いになるかと」
「着てみてもよろしい?」
「どうぞどうぞ」
そしてスフィアナがボロを脱ぎ捨てると、汚らしい格好の田舎娘など最初から居なかったかのように、そこには優雅にドレスの裾をなびかせる可憐な美女が立っていた。
寂れた宿屋で小間使いとして働いていた娘の面影は微塵も残って居ない。
「どうかしら?」
「はぁ、こりゃぁ、へぇぇ……いや、お見それいたしました」
呆気にとられて頷く店主に、スフィアナは他にも気に入った服を手渡した。
「こちらの服はどうなさいます?」
店主が今まで着ていたボロを見せると、スフィアナは目を伏せ、「捨ててちょうだい」と言葉みじかに言った。
*
身なりを整えた彼女は次に新たな住居となる部屋を借りた。
豪華とは言えないが、一人で住むには十分な広さがあり、備え付けられた家具の質も悪くない。
叔父夫婦の家に居候していたとき当てがわれていた部屋は酷いものだった。狭い部屋は陽の当たらない間取りのせいでカビ臭く、壁には大きなシミが広がり、冬は隙間風のせいで凍えそうになりながら、薄くて硬いベッドの上で毛布にくるまって眠っていたのだ。
日当たりのいい部屋でベッドに腰かけ、ころんと寝転がってみると、柔らかいベッドに体が沈む感触に思わず頬が緩んでしまう。
(あぁ……私はようやく……)
見知らぬ天井をぼんやりと眺めながら、張り詰めたものが解けていくのを感じた。
ここには彼女に意地悪をする叔母もいなければ、気持ちの悪い叔父もいない。この柔らかなベッドで眠れば、今でも時折、夢に現れては彼女を苦しめる両親の姿も消えるだろう。
そうだ、過去と決別することができたのだ、自分はもう自由なのだ。誰も知らないこの街で新たな人生を歩み出そう。
幸福だった日々を失い人生に絶望していたスフィアナだったが、その日の夜、彼女は久方ぶりの安らぎと共に穏やかな眠りにつくことができた。
*
こうして始まった彼女の新たな暮らしは実に順調だった。
家賃を払い生活に必要なものを買い揃えても、貯めていた金にはまだ余裕があったし、都合よく仕事にありつくこともできた。
彼女はいま、服の仕立てを請け負っている工場で働いている。都会だけあって工場の規模も大きく、スフィアナの他にも多くの針子たちが席を並べてせっせと針仕事をしていた。
叔母に繕い物をやらされていたおかげというのも皮肉だが、手先が器用で覚えも早いスフィアナはすぐにその仕事をベテランの針子からも認められた。
そしてなにより、この仕事場には男がいなかった。彼女の人生にとって男は不幸の象徴である。関わればろくなことにならないのは分かりきっている。
あまりにも順調すぎて、将来は自分の店を開くことまで夢見てしまう程だった。
一度は灰色に染まった彼女の人生が再び色鮮やかになろうとしていた。
そのはずだったのに────。
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「お前はそっちから押さえろ! おらっ! 暴れるんじゃねえ!」
「騒がれる前に口をふさげ!」
「いやっ! 誰か……っ、んぐぅッ……!」
男の太い腕で組み伏せられたスフィアナは叫び声を出せないようにゴツゴツとした手によって口を塞がれ、ドレスの胸元が引き裂かれた。露出した白く豊かな乳房が乱暴に揉みしだかれる。
「んんっ! んぐッ……うぅッ!」
「ハハッ! たまんねえな! 見ろよこの胸、すげえぜ!」
片方の男が下卑た笑みを浮かべながら彼女の乳房にしゃぶりつき、もう片方の男がスカートを捲り上げると、股間に手を伸ばし秘部を隠すショーツの止め紐を引きちぎった。
「へへッ、運が悪かったと思って諦めな、せいぜい気持ちよくしてやるからよぉ」
ズボンの下から勃起したペニスを取り出す男を前にして、彼女の世界はまた灰色に染まっていくのだった。
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