「夢……だったのか?」
しかし、手に残っている女神様のお乳の感触が、体に染み付いたミルクの甘い香りが、それが現実だったことを証明している。
夢のような話だが、本当に女神様と会ったのだ。そして使命を託された。
【搾乳】を成長させてルナリス様のお乳を搾り、人類の滅亡を防ぐという大役を────!
「…………まじか?」
冷静に考えると、あまりにも馬鹿げていて「な…何を言っているんだ俺は……?」と、自分の頭を心配してしまう内容である。
しかし、女神様の言葉に嘘などあるはずがなく、放っておけば、そんな冗談みたいなことが現実に起こってしまうのだ。それこそ洒落になってない。
(ルナリス様は、お乳を搾ることでスキルが成長するとおっしゃっていたが、牧場で牛の乳を搾っているだけではダメな気がする……もっと違うお乳を搾らなきゃいけないんじゃないだろうか?)
けれど、なんのお乳を搾ればいいのやら検討もつかない。ただの牛飼いには難易度が高すぎるクエストだ。
女神様の無茶振りに、アドニスがほとほと困り果てていたときだった。
「アドニス様」
「えっ?」
誰もいないはずの森の中、とつぜん背後から名前を呼ばれたアドニスは驚いて振り向くが、そこには誰もいない。
(おかしいな、いま確かに名前を呼ばれたんだけど……)
「こっちですよぉ、アドニス様」
聞き間違いかと思ったが、またも名前を呼ばれ、視界の下でなにやら白くてフワフワしたものが動いているのに気づいた。
それは白い毛に覆われた犬のように尖ったケモノの耳。
下を向くと、腰の位置程でアドニスを見上げている小さな女の子と目があった。
年の頃は十歳ぐらいだろうか。ふわりとした白くて長い髪、ぱっちりと大きな瞳は元気いっぱいに輝いており、顔立ちはとても可愛らしい。
なにより特徴的なのが、顔の横についている耳とは別に、頭から生えている犬のような耳と、お尻でフサフサと揺れ動く尻尾である。
(犬人族の女の子か? なんでこんなところに……)
街では多様な種族が生活しているが、アドニスの村には犬人族は住んでいない。こんな人気のない森の中に幼い子がひとりでいるのもおかしい。しかも、自分の名前まで知っているのだから、ますます謎だ。
「きみはいったい……」
「わうんっ! わたしはルナリス様の命で、アドニス様にお仕えするため天界からやってまいりました、シロといいます!」
元気よく手を挙げて答える少女。いきなり仕えるだの天界だのと、普通なら子供の戯言としか思えないが、その口からルナリスの名前が出てきたとあれば信じない訳にはいかない。
「アドニス様のスキルを成長させるためのお手伝いをするように、ルナリス様からおおせつかっております!」
「なるほど、それはありがたいな」
ずいぶん幼く見えるが、自分ひとりでは、どうしていいのかわからず途方に暮れていただけに、天界からの協力者とあれば心強い。まさしく天の助けである。
「わうっ! シロにお任せください!」
爛々とした瞳はやる気が満ち溢れている。シロの明るさに励まされ、アドニスも俄然やれる気がしてきた。
「ああ、よろしくな。それでシロ、俺の【搾乳】を成長させるにはどうすればいいんだ?」
「それはわかりません!」
「…………」
元気だけは良い返事だった。
「えっと……ルナリス様から何か言伝とかは」
「なにも聞かされておりません!」
「そっかぁ」
ああ女神様。いったい俺にどうしろというのでしょうか。
盛り上がっていた気持ちがスンと下がっていくのを感じる。期待していたぶん、ガッカリ感がハンパない。
アドニスが落ち込んでいるのをシロも察したようだった。
「でっでも、ご安心ください。シロにはアドニス様のお役に立てる特技がありますので!」
「特技?」
「わうっ! 見ていてくださいね」
するとシロは、すんすんと鼻を鳴らして辺りの匂いを嗅ぎ始める。
(何をしてるんだ?)
一見すると訳のわからない行動だが、しばらく黙って見守っていると、何かを嗅ぎつけたのか、シロの耳がピコンッと揺れた。
「むむっ! アドニス様、こちらです!」
そう言ってシロはすぐ側の女神像の前に駆け寄ると、ペタンと座り込み、確かめるように匂いを嗅いでからアドニスの方を振り向く。
「ここです! アドニス様、ここを掘ってください!」
「おぉ?」
ぺしぺし地面を叩くシロの言葉に従い、近くに落ちていた石を使って地面を掘り返してみる。
そして、しばらく掘り進めていくうち、石がなにやら硬いものにぶつかった感触を覚え、慎重に堀分けていくと、土の中から古びた小壺が顔を出した。
引っ張りだして中を開けてみると、そこには年代物の硬貨が大量に詰まっているではないか。
国で流通している貨幣とは違う見たこともない模様が刻まれており、アドニスには目利きなどできないが、もしかしたら値打ち物かもしれない。
まさか、この場所にこんなお宝が埋まっているとは思いもしなかったアドニスは、ぽかんとした顔でシロを見つめた。
「どうしてここに埋まっているのがわかったんだ?」
驚くアドニスに、ケモミミ少女はむんっと薄い胸を張る。
「シロは吉兆を嗅ぎ取ることができるのです。この力で、きっとアドニス様のお力になってみせます!」
「おぉっ! 本当に凄いじゃないかシロ」
素直に感心した様子で、アドニスはシロの頭をすごいすごいと撫で回した。
「えへぇ、それほどでもぉ」
撫でられたのがよほど嬉しかったのか、シロはふにゃりと頬を緩めて尻尾を弾むように揺らす。
かわいいだけの幼女だと思って侮っていたが、さすがは神の使い、伊達ではないということだ。
「他にもなにか、できることがあるのか?」
「ふぇ? 他には、えっと……動物とお話をすることができます!」
「すっげえぇ!」
「えへへぇ、わふぅぅ」
「他には!?」
「わぅ!? 他には、えっと、えっとぉ……ごめんなさい、もうありません……」
エスカレートする期待に応えられず、シロは申し訳なさそうに耳をしょんぼりさせて謝った。
「アドニス様の期待に応えられないシロは、とんだ駄犬です……!」
「卑屈か!? いやすまん、ちょっと調子に乗ってしまった。これだけでも十分すごいぞ! シロはすごいなぁ!」
慌ててフォローするが、どうやら少女の矜恃を傷つけてしまったらしく、俯いた顔をなかなか上げてくれない。
「わぅぅ……でしたら、でしたら……」
そして、何を思ったのか、シロはとつぜん服の裾を胸の上までガバッと、捲り上げたのだった。
「アドニス様のスキルを成長させるために、シロのお乳を搾ってください!」
「!?」
それは、お乳というにはあまりにも平坦であった──。
ぺったこんで、まったいらで、つるつるだった。
白くてスベスベとしたおなか、起伏のない胸にはピンク色の可愛らしい乳首がツンとしている。
ぺったんたんたロリペったん!
そのとき、まるで時間が止まったかのように世界が静まり返り、アドニスは不可思議な現象を目の当たりにした。
アドニスの眼前に突如として浮び上がった二つの四角い枠。そこには、それぞれ何か書かれている。
<選択肢> ◆『YESロリータ!』 ◆『NOタッチ!』
(なんだこれは……俺に、選べということか?)
意味がわからない。しかし、この二択から感じるプレッシャーは尋常ではなく、これが物語の方向性を左右する重大な分岐点となる……そんな気がしてならない!
アドニス決断のときである────。
→『NOタッチ!』 ピロン♪
シロの胸に手を伸ばしたアドニスは、触れる直前でピタリと手を止めると、たくし上げられた服を下ろして、未成熟なお乳をそっと隠した。
「うん、それはシロがもっと大きくなってからで大丈夫だからな」
「わぅ、そうですかぁ」
耳をシュンとさせるシロの頭を苦笑しながら撫でてやる。
危なかった。もし彼がここで選択を誤れば違う世界線の物語になっていただろう。
「とりあえず、いったん戻ろうか。まだ仕事も残ってるし、今後のことを決めるのはそれからだ」
「わうん! シロもお手伝いします!」
元気よく周りをピョコピョコと飛び跳ねるシロを連れて、アドニスは牧場へと向かう。
こうして、アドニスの搾乳物語は幕を開けたのだった。