牛飼いの朝は早い。
夜明け前の薄暗い部屋。ベッドで眠っていたアドニスは、体に染み付いた習慣によって自然と目を覚ます。
そこでふと、お腹の辺りにぬくいものを感じて毛布をめくると、そこには体を丸めた獣耳の少女がすやすやと寝息を立てていた。
(夢……じゃなかった)
昨日はシロを連れて牧場に帰った後、これからのことについて話し合ったものの、スキルを成長させる具体的な方法は思いつかないまま夜になってしまった。
とりあえず、今日明日で世界がどうこうなる訳ではないらしいので、これから色々と試してみようということになったのだが──。
「んぅっ……んにゅっ、わぅ……おはよーございます、アドニスさまぁ」
つられて目を覚ましたシロが、もぞもぞと体を起こして大きな欠伸をした。寝巻きがわりにアドニスの貸したシャツを着ており、たぶついた袖で眠たげな瞳をくしくしと擦る。
「なんでこっちのベッドで寝てたんだ?」
「あれぇ、なんででしょう?」
シロにはもうひとつのベッドを使うように言ったのだが、どうやら、寝ぼけて潜り込んでしまったようだ。
「眠かったら、まだ寝ててもいいぞ」
「わぅ、だいじょうぶです。シロもいきますー」
着替えてもまだ眠たそうにしていたシロだったが、井戸から汲んできた冷たい水でパチャパチャと顔を洗うと、すっかり目が覚めたようで、顔をプルプルと振る仕草がなんとも犬っぽい。
それから、溶かしたチーズを乗せたパンと目玉焼き、そして自慢のミルクで手早く朝食を済ませたふたりは、家の外に出て早朝のひんやりとした空気を大きく吸い込んでから、さっそく牛たちのいる牧場へと向かった。
「みなさん、おはよーございます」
シロが柵に近づくと、気づいた牛たちが鳴き声をあげる。
「アドニス様、まずは何をすればいいですか?」
「そうだなぁ、まずは牛のお乳を搾るんだけど」
さて、シロにできることは何があるだろうか? 力仕事を頼むわけにもいかないので、とりあえず、近くで見ていてもらおうかと思っていたアドニスだが──。
「みなさーん、アドニス様がお乳を搾るので、こっちに並んでくださーい」
大きな声でシロが呼びかけた途端、牧場に散らばっていた牛たちが、のそのそとアドニスに向かって集まってくるではないか。
「あっ、そういえば、動物と話せるんだっけ」
面食らいながらも、【搾乳】を使って、さっそく乳搾りを始めるアドニス。
「はい、つぎの方どうぞー」
一頭搾り終えるごとに、シロの誘導によって次の牛が所定の位置まで勝手にやって来てくれる。これは楽だ!
「アドニス様、この子、足が痛いって言ってますよ」
「お?」
言われて牛の足を見ると、たしかに蹄が歪んでいた。放っておいたら怪我につながっていただろう。アドニスだったら見逃してたね!
「みなさーん、今日はあっちの牧草地にいきますよー」
搾乳を終えると、シロの後ろを牛たちがぞろぞろとついてく。まるで訓練された兵隊のように見事な行進だ!
いつもなかなか言うことを聞いてくれないボス牛も、シロの言葉にはあっさりと従っている。なんということだろう、アドニスよりも遥かに有能じゃあないか。
「どうですかアドニスさま! シロ、お役に立ててますか?」
「お見それしました」
「わうっ♪」
牧場のカーストが揺らいだ瞬間だった。
*
「そういえば、お宝を見つけたり動物と話せたりするのは、シロのスキルなのか?」
作業がひと段落して早めの昼食をとりながら、ふと気になったことを尋ねてみる。
「いえ、スキルは神様が人に与える力ですから、シロにはありません。これは生まれつきです」
「え? シロって犬人族じゃないの?」
「わう? シロは神獣ですが?」
めっちゃ神だった。
「…………シロさん、俺のベーコンも食べますか?」
「わうん! いいんですかぁ!」
「どうぞどうぞ」
「アドニス様のような優しい方にお仕えできて、シロはしあわせです」
「そっかぁ」
美味しそうにベーコンをぱくつくケモミミ少女を眺めながら、やがてアドニスは深く考えるのをやめた。