さて、シロのおかげでスキルを成長させるために必要な”運命のお乳”とやらを見つけることができた。
しかし、今のアドニスがフォーリのおっぱいをどうこうしようなんて、村人がドラゴンに挑むぐらい無謀である。
結局その日は取引を済ませた後、シロを連れてすごすごと退散せざるを得なかった。
牧場へと向かう帰り道、いかにして美人受付嬢のお乳を搾るかという難題に悩みながらも、棚ぼたで手に入った金貨三十枚の喜びもあって、アドニスが足取りも軽くロバを引いていたときだった。
「わうっ?」
行きと同じく荷台の上に乗っていたシロが、何かを察したのか、急に身を乗り出して辺りを見回した。
「どうしたシロ?」
「わうっ、アドニス様、匂います!」
「また!?」
知ってる知ってる、このパターン! これはお宝の匂いを嗅ぎつけたやつぅっ!
トレジャーハンターもびっくりのシロの鼻。アドニスはさらなる幸運の予感に胸を躍らせる。
「どっちだ!」
「わうん! あっちです!」
今度はいったいどんな財宝をもたらしてくれるというのか!
シロに導かれるままに、アドニスはロバを急がせた。
そして────。
「ヒャッハー!!! 命がおしけりゃ身ぐるみ置いてきなぁっ!!!」
「ひいぃっ! 誰か助けてくれー!!」
なんかモヒカンの男たちに馬車が襲撃されているところに遭遇した。
「えっと、シロさん?」
「わうっ、あそこから吉兆の匂いがします!」
「うっそ……めっちゃ野盗なんですけど」
今から街に助けを求めに戻っても間に合わないだろう。しかし、こちらは乳搾りが得意なただの牛飼いである。向かって行ったところで返り討ちにあうのが目に見えている。
「わうっ! だいじょうぶです! アドニス様はシロがお守りします!」
「そっ、そうか、それなら……!」
ちっこいとはいえシロは神獣なのだから、野盗ぐらい一捻りに違いない。強力な味方の存在に鼓舞されたアドニスは荷車を置いて駆け出した。
「そこまでだ! この愛を忘れたヒャッハーどもが!」
颯爽と駆けつけたアドニスに気づいた野盗たちが一斉に振り返る。
「ああん!? なんだテメエは! ぶっころされてえのか!」
「ヒャッハー! 獲物が増えた! 血祭りにしてやるぜえええ!!」
手にもった剣の刃を舌でベロリと舐めなが下卑た笑いをする野盗たち。その好戦的な態度にもアドニスは微塵も恐れない。だってか彼には神獣がついているのだから!
「ふっ、愚かなヒャッハー共め……それじゃあシロ先生、よろしくお願いします!」
「わうんっ!」
呼ばれて勢いよく飛び出したシロが野盗Aに向かってトテトテと疾る。それはまるで一陣の風の中を転がる毛玉のごとく!
相手はたかが野盗四人。さあ! ケモミミ幼女無双の始まりだ!!!
「わうっ!」
振り上げられた小さな握り拳が野盗Aに向かって力一杯叩きつけられる。
ぽこっ☆
「わうわうわうっ!」
ほこっ☆ぽこっ☆ぽこっ☆ぽこっ☆
無数の打撃が野盗Aの膝に直撃する! 凄まじい連撃に野盗Aは驚いた! しかしノーダメージだ!
「あん? なんだこのガキ」
野盗Aは軽く足を振ってシロを追っ払った。
「わぅん!?」
痛恨の一撃!
蹴飛ばされてコロコロと地面を転がったシロは、そのままノビてしまった。
「シロおぉぉぉ!?」
てっきり「なんだこのガキは! 化物かよ!?」という展開になると思っていたアドニスは、まさかの事態に愕然とする。
「なんだか知らねえが、そのガキもとっ捕まえて売り払ってやる!」
モヒカンの魔手がシロに伸びようとしたとき、アドニスは咄嗟に駆け出すと、シロを守るために身を呈して野盗の前に立ち塞がった。
「邪魔だぁっ! てめえから死ねええ!!」
野盗Aの振り上げた銀色の刃が鈍く光る。
そこからは、まるでコマ送りのような光景だった。
アドニスは鋭い刃の切っ先がゆっくりと自分の胸に吸い込まれていくのを見つめながら、これから襲ってくるであろう激痛を予感した。
「ぐああぁっ!」
たまらず目をつぶって悲鳴を上げる。切られた箇所から鮮血が飛び散り、焼けつく痛みがアドニスを襲う──はずだったのだが。
「ぐああああああぁぁ……ぁあ、あ、あれ?」
しかし、いつまで経っても痛みはなかった。どうしたのかと目をあけて見れば、刃は確かに布の服を切り裂きアドニスの胸に突き立てられているのだが、その先端は薄皮一枚切ることはなかった。
「え?」
「え?」
アドニスと野盗Aは、ふたりして間の抜けた声を出すと、互いにじっと見つめ合う。
気を取り直して、野盗はいちど刃を引いてから、アドニスの胸を剣で突いた。
「このっ! せいっ! おりゃっ!」
「え? え? え?」
野盗が何度も刃を突き立てようとするが、アドニスの体には文字通り刃が立たない。まるで皮膚と剣の間に見えない鎧でもあるかのようだ。
信じがたい現象に両者がポカンとして立ち尽くす。気まずい沈黙が流れる中で先に動いたのはアドニスだった。
「なんか知らんけど、オラァッ!」
「うげぇ!」
先制パンチを顔面に喰らった野盗Aは鼻血を垂らしてヨタヨタと後ずさる。
「くそっ、わけがわからねぇ、おまえらも見てないで手伝え!」
野盗Aの呼びかけにBCDがやってきて、四方から囲んでアドニスの頭を背中を腹を何度も斬りつける。
しかし、ことごく彼の皮膚に弾かれて無傷!
「なんだこいつ! バケモノかよ!?」
得体の知れない恐怖に動揺しながら必死に剣を振る野盗たち。アドニスもどうして自分がまだ生きているのかわからないまま殴って応戦した。
相手の攻撃は効かない。しかし、アドニスも素手では相手を倒しきれない。
野盗たちもそれがわかったのか、迂闊に近よってこなくなり、お互いに体力が削られて場が膠着状態に陥ったときだった。
ヒュッと風を切る音と共に、野盗の足に矢が刺さった。
「ぎゃあああ!」
悲鳴を上げて一人目が倒れると、続いて二人目が肩を射抜かれて倒れ込む。
「なんだ!? 新手か!」
動揺しているところに三人目が射抜かれて倒れると、残った一人が馬車の陰に逃げ込もうとしたとき、背後から風のような早さで颯爽と飛び込んできた人影が野盗を一瞬で組み伏せる。
そこでようやく、アドニスはその正体を目に捉えることができた。
女だった。背丈はアドニスよりもだいぶ低い。口元を隠したマフラーをたなびかせ、肩まで伸びた癖のある灰色の髪。頭に生えている三角型の獣耳と、お尻で揺れる長い尻尾は猫人族のそれだった。
猫人族の女は動きやすさを重視した体にぴったりとした革の軽装を身につけており、その風体と身のこなしは、おそらく冒険者だろう。スリムで引き締まったボディライン、しかし胸当てに隠されたお乳の反応をアドニスは見逃さない。ピンときたのだ。これは隠れ巨乳だと!
周囲を警戒していた猫人族の女は脅威を排除したことが確認できると、アドニスにそう言って口元を隠していたマフラーを下ろす。その素顔が、想像していたよりもずっと年若く綺麗な少女だったことにアドニスは驚いた。
「おわった……もう安全だから」
野盗をあっさり倒してしまう腕前に反して、可愛らしいという形容が似合う容姿と透き通った声にドキッとしてしまうが、すぐに近くでノビていたシロを見つけて慌てて駆け寄る。
「シロ、大丈夫か!?」
「わぅ~ん」
どうやら目を回しているだけで大きな怪我はないようだ。アドニスはホッと胸を撫で下ろすと猫耳少女に頭を下げた。
「ありがとう。おかげで助かった」
「ううん、あなたがこいつらの気を引いてくれていたおかげで簡単に仕留められたから」
「俺はアドニス。きみは?」
「ルヴィア」
猫耳少女は言葉少なに答えてから、剣で斬られてボロボロになったアドニスの格好に気づいて近づいてきた。
「傷を見せて。簡単な手当てならできる」
「いや、怪我はしてないから平気だ」
「やせ我慢はよくない」
ルヴィアは強引に服をめくって怪我の具合を確かめようとするが、傷一つないアドニスの体を見て驚きに目を見開いて、不思議そうにペタペタとお腹や胸を触る。
「ほんとだ、どうして?」
「あふんっ」
剣で斬られても平気だったけど、乳首を触られたら感じてしまう!
「えっと……ルヴィアは冒険者なのか?」
「そう。こいつら指名手配されてるから、街に連行すれば報酬が出る。取り分はどうする?」
「いや、助けてもらったんだし俺の報酬はいいよ」
「そう? じゃあ、そうする」
そんなやり取りをふたりがしていると、騒ぎが収まったのをみて馬車の中から小太りの中年男が顔を出し、アドニスたちに近づいてきた。おそらく馬車の所有者だろう。
「いやぁ、助かりました。おふた方にはなんとお礼を言ったらいいか」
ニコニコとしているが、どこか裏のありそうな信用ならない笑顔の男だった。
「わたしく奴隷商を営んでおりまして、危うく大事な商品が奪われてしまうところでした。おふたりには是非お礼をさせていただきたい」
男の言葉を聞いてルヴィアの目がすっと細まる。
「わたしは賞金首を貰ったから、礼なら彼に」
「そんな、ご遠慮なさらず」
「奴隷商はキライ」
「はっはっ、これは参りましたな」
ルヴィアの辛辣な言葉にも男は気を悪くした様子もなく笑って受け流した。きっとこういうことは言われ慣れているのだろう。
「もう行く」
気分を害したようで、猫耳少女は男からプイッと背を向ける。
「ルヴィア」
「じゃあね、アドニス」
最後にそれだけ言うと、ルヴィアはロープで繋いだ野盗たちを蹴り起こし、なかば引きずるようにして行ってしまった。
やれやれと嘆息した男は、残ったアドニスに歩み寄る。
「さて、それでは、あなたにだけでもお礼をせねばなりませんな?」
そう言って、奴隷商は薄暗い馬車の中に視線を向けるのだった。
