奴隷商の言葉から、そのお礼とやらがなんなのかアドニスにも察しがついた。
「いや、べつに奴隷とかは必要ないから。俺はただの牛飼いだし」
ルヴィアのように嫌悪しているわけではないが、アドニスも人を売買する奴隷商にはあまりよい印象を持っていない。シロの鼻はどうしてこの馬車に反応したのだろうか。
「まあまあ、家事をさせるもよし仕事を手伝わせるもよし、人手が増えれば何かと便利でございますよ。ささ、まずはご覧になるだけでも。気に入った者がいれば、助けていただいたお礼にお安くさせていただきますので、はい」
男は手を揉みながら下手に出つつも商人特有の押しの強さで迫ってくる。
「いや、けどなぁ」
どこぞの金持ちならいざ知らず、自分が奴隷を所有するのはどうにもおかしな気がしてならない。
アドニスがどうしたものかと困っていると、横たわっていたシロが意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けた。
まだ完全に目が醒めてないのか、もぞもぞと起き上がってからボンヤリと辺りを見回す。
「大丈夫かシロ?」
「わぅぅ、なんかいけそうな気がしたけどダメでしたぁ」
「う~ん、見積もりがだいぶ甘いなぁ」
自分より大きな相手にも勢いで突っ込んでしまうヤンチャな子犬のようだ。
危なっかしいなぁと思いながら、とてとてと寄ってきたシロの頭をアドニスが撫でてやっていると、頭のケモ耳がピクンッと揺れ動く。
「わう?」
そしてなにを思ったのか、シロは馬車へと近づくと、ピョイッと中へ飛び込んでしまった。
「あっ、こらシロ、何やってるんだ」
慌てて駆け寄ったアドニスが暗い馬車の中を除き込むと、そこには枷をつけられた奴隷たちが物音を立てず静かに座っていた。しかも女ばかり。
若い娘からシロと大差のない幼子まで、皆一様に暗い顔をしている。これからどこの誰ともわからない相手に売られる運命なのだから無理もないだろう。
やるせない現実を目の当たりにして、やはり奴隷なんて──と思ったときだった。
「アドニス様!」
「ほらシロ、早くこっちにこい」
暗がりから姿を現したシロを手招きするアドニスだったが、その後ろから見知らぬ女性がシロに手を引かれて出てきたことに面食らう。
それは、どこかの令嬢を思わせるような淑やかな雰囲気を漂わせる牛人族の娘だった。
歳はアドニスと同じぐらいだろうか、頭には特徴的な横向きの耳と小さなツノ、艶やかなブラウンの長髪、優しげな印象を受ける目尻の垂れた瞳、すらりとした手足、そしてなにより──。
(なんて、なんて立派なお乳なんだッ!)
どたっぷんと揺れる乳房の迫力にアドニス驚嘆。牛人族の女性は胸が大きいことで有名なのだが、それにしたってこの娘はデカイ!
女は村娘によく見られる肩口がふわりと膨らんでいるワンピースをきているのだが、胸元が過剰に開いているせいで上乳と谷間が丸見えになっており、少し引っ張れば大きな乳房がこぼれてしまいそうだった。
その大きさは女神様を除けば、アドニスが今までみたお乳の中でもいちばんのBIG TITS!
ごくり……これはウシ乳!
アドニスが素晴らしい巨乳との出会いに感動でうち震えていると、後ろから奴隷商が営業スマイルで近づいてくる。
「これはこれは、お目が高いお嬢さんですな。その者は容姿、出自、器量ともに優れた逸品ですよ。ほら、お客様に挨拶をなさい」
「ミルフィーナと申します」
奴隷商に言われて、しずしずと頭を下げる牛娘ミルフィーナ。
きっと意図してないのだろうが、動きに合わせてタプンタプンと魅惑的に揺れる乳房を見せつけられ、さっきまで「奴隷なんてよくないよ!キリッ!」と主人公面していたアドニスの心までタプンタプンと揺れ動く。そこにシロが追撃を掛けてくる。
「わう! アドニス様、この方も運命のお乳の持ち主です!」
「本日二度目の運命のお乳いただきましたァッ!!」
これは天啓か? 天啓なのか!? 神の見えざる手がアドニスに運命のお乳を巡り合わせたとでもいうのか!!!
「はて? 運命がなんですかな?」
「あっ、いや、こうやって助けた縁もあるし、なんか彼女に運命感じちゃうなぁって、はは……」
「はっはっは、そうでしょうとも」
奴隷商はアドニスが彼女を気に入ったのだと解釈したのだろう。商機に目を光らせる。
アドニスは乾いた笑いで誤魔化しつつ、呼び戻したシロに問いただす。
「どういうことだよシロ、運命のお乳はフォーリさんじゃなかったのか?」
「わうっ、フォーリさんもですが、あの方からも同じ匂いがします」
なんということでしょう! 運命のお乳はひとりじゃなかったのです。その真実にアドニス愕然。
そのとき、彼の中では天使と悪魔の激しい論争が勃発していた。
『うっひょぉぉ! 運命最高! 巨乳牛娘最高! これは買うしかないでしょ!』
『いけません! いくら運命のお乳の持ち主だからといって、奴隷を買うなんて人の道に背きます!』
『いやでも、これは女神様から託された使命を遂行するためだし、むしろ買うのがジャスティスなんじゃね?』
『…………たしかに!』
『買っちゃおうZE★』
『買っちゃいましょうYO☆』
争いは秒で平定された。満場一致購入決定!
アドニスはこそりと奴隷商に耳打ちする。
「でもぉ、お高いンでしょう?」
「そうですなぁ、彼女はうちでも一番の目玉商品ですから、本来なら金貨五十枚と言いたいところですが……今ならなんとご奉仕価格! 金貨三十枚でいかがでしょう!」
本来ならとてもじゃないが手の出ない金額だ。けどあるじゃない! 今のアドニスにはまるで運命のごとく懐に入ってきた金貨三十枚があるじゃない!
「買っちゃおうかなぁぁッ!」
「まいどありぃっ!」
テレッテ~♪ アドニスは清楚系うし巨乳奴隷をゲットした!
こうしてアドニスは荷車ゴトゴト牛娘を乗せ牧場へお持ち帰りしたのだった。
*
窓の隙間から微かな光が差し込む薄暗い家の中。テーブルの前に座らされたミルフィーナはただならぬ雰囲気を感じて緊張に身を縮こませていた。
奴隷として買われたからには、どんな扱いも覚悟していたが、家に連れ帰られてからしばらく、向かいに座る純朴そうな青年と、横から身を乗り出している可愛い少女に、なぜか自分の乳房をガン見されていることに不安を感じずにはいられない。
「あっ、あの……ご主人様?」
「わうわうっ! おちちっ!」
「ひっ!?」
ミルフィーナの動きに反応して、シロが反射的に吠える。
いよいよ女神様から与えられた使命を果たせるとあって、神獣様もいささか興奮気味のようだ。今のシロはちょっぴりワイルドだぜぇ。
「待てシロ、まだ焦る時間じゃない」
「わぅ……」
「さて、ミルフィーナさん。こうしてあなたを奴隷商から買ったのは他でもない、あなたにやってもらいたいことが、あるからなんだ」
「はい、炊事洗濯、その他どんな雑用でもお任せくださいご主人様」
「あっ、うん、それは助かるんだけれども、それとは別にやってほしいというか、させてほしいことがあってだね……」
言いにくそうに、もにょもにょと口籠るアドニスの態度からミルフィーナは彼が何を言わんとしているのか察し、若干表情をこわばらせながらも、しっかりと頷いた。
「はっ、はい……男の方にお仕えするのですから覚悟はできております。その……エッチなこと、ですよね?」
「えっち!?」
恥ずかしそうに頬を染めるミルフィーナの言葉に、アドニスはショックを受ける。
(なにか誤解されている! いや、けれどお乳を触ることには違いないし、搾乳ってエッチなことなのか!?)
アドニスにとって乳搾りは神聖な儀式のようなものだが、それは性を感じさせない動物が相手だったから言えたこと。しかるに、目の前にいる娘の立派なお乳をはどうだ? イヤラシイことを考えずに搾乳は可能なのか!?
(無理だ! だってもう、そこにあるだけなのに、すでにエッチなんだもの!)
あまりに大きすぎてテーブルの上にタップンと乗っかってる見事な乳房に股間が疼いてしまう。これは勃起不可避!
「たっ、確かにエッチなことなのかもしれない……けど、俺はやらなきゃいけないんだ」
「はい……」
「ミルフィーナさん、俺にあなたのお乳を搾らせてくれ!」
「はい?」
両手をテーブルの上について頭を下げてお願いするアドニスだったが、それを聞いた途端、ミルフィーナの顔がサッと青ざめる。
「お乳を……搾る?」
「いきなりこんなことを言って驚かせてしまっただろうけど、どうしてもミルフィーナさんのお乳じゃなきゃだめなんだ!」
アドニスは誠心誠意のお願いをしたつもりだが、ミルフィーは頷いてくれなかった。それどころか瞳に涙を浮かべて首を振られてしまう。
「むっ、ムリ……です、それだけは、ムリです……」
「泣くほど嫌ですかぁ!?」
アドニスは『女子にお乳を触られるのを泣くほど嫌がれてしまった男」のレッテルを貼られた。心に100のダメージを受けた。これは致命傷だ!
「でっ、ですよねぇ、いきなりこんなポッと出の牛飼い野郎にお乳を搾られるとか、マジ勘弁ですよねぇ、ははは……」
ショックで卑屈になるアドニスに、ミルフィーナは怯えながらも首を振る。
「ちっ、違うんです……そうじゃなくて、でも、だめなんです……わたし、お乳が……お乳が出なくて……だから売られてしまって……うぅっ」
「へ?」
それから泣いているミルフィーナを落ち着かせて話を聞くと、どうやら彼女は過去に二度売られた経験があるらしい。
一度目は両親の借金のカタに、さる高貴な女主人に売られたらしいのだが、その女性がミルフィーナを買った理由もまた彼女のお乳にあったのだ。
牛人族の娘は十五になると母乳が出る体質らしいのだが、一部の富裕層の間では、牛人族の若い娘が出す母乳には肌を若返らせる効能があると言われており、女主人は美容のために毎日強引にミルフィーナのお乳を搾り続けたらしい。
無理な搾乳をされた結果、ある日を境に彼女の母乳はまったく出なくなってしまい、用済みとなったミルフィーナはまたも売られてしまったところをアドニスに買われたのだという。
「肌を若返らせるって、本当にそんな効果があるのか?」
「いえ、それはただの迷信です。けれど、上流階級の女性はそういった事を信じる人が多くて……」
「なんて乳虐だ! 許せねえ! オレ許せねぇよ!」
お乳を愛してやまないアドニスにとって、無理やりお乳を搾るなど言語道断。彼の搾乳道に反する不埒な行いに怒りが湧いてくる。
「まさか、ご主人様もわたしのお乳が目当てだとは思わなくて、それで、つい取り乱してしまって……」
「いやっ、俺はお乳が目当てというか、いや、お乳が目当てであることは確かなんだが、スキルで搾ること自体が目的なんだ」
「どういうことでしょう……?」
そして、アドニスはミルフィーナに事の経緯を詳しく説明した。
神様から授かった搾乳スキルのこと。
女神像のお乳を搾乳してたら天界に呼ばれて女神様のお乳を搾ったこと。
スキルを成長さて女神様のお乳を搾りきらないと世界がやばいこと。
そのために神獣シロが天界より遣わされたこと。
ミルフィーナが運命のお乳のひとりだということ。
一大スペクタクル巨編を予期させる壮大なプロローグを語り聞かせた!
そして────。
「え……ちょっと意味がわからないです」
ドン引きされた。
「ですよねー! うん、わかってた! 絶対そういう反応されるってわかってた!!」
神乳搾りの道のりは長く険しい。