「あれ、ルヴィアじゃないか、どうしてここに……って、冒険者なんだから居て当然か」
見ると、彼女の手には壁のボードに貼り出されていた依頼書が握られていた。きっとこれから新しいクエストを受注するところだったのだろう。
「アドニスはどうしてここに? 冒険者になったの?」
「いや、俺はゴブリン退治のクエストを依頼しに来たんだけど、ちょっと難しそうでさ……」
「そう、ゴブリンは人気がないから、みんな受けたがらない」
「みたいだな」
ルヴィアの言葉に嘆息するアドニス、そんな二人をミリカが興味津々といった目で見比べる。
「ルヴィアってアドニスと知り合いなん?」
意外そうに尋ねるミリカは随分と親しげな口調だった。きっと二人は気心の知れた仲なのだろう、ミリカの問いかけにルヴィアはこくりと頷く。
「前に野盗を捕まえるの手伝ってもらった」
「へぇ~、じゃあアドニスもけっこう強いんだ?」
「いや、俺はルヴィアに助けてもらっただけなんだけどね」
謙遜するアドニスをルヴィアは思案顔で見つめると、「アドニス、今、困ってる?」と尋ねた。
「そうだな、ちょっと困ってる」
「わかった。だったらその依頼は私が引き受ける」
「いいのか?」
「かまわない」
「ラッキーじゃんアドニス! 三等級の冒険者はふつうゴブリン退治なんて受けてくんないんだから!」
アドニスは冒険者の等級について知らなかったが、ミリカの反応からするに、ルヴィアは冒険者ギルドでも結構な実力者のようだ。
「そうなのか、それはすごくありがたいんだけが、村から出せる依頼料は大した額じゃないぞ、本当にいいのか?」
「いい、まえに賞金首を譲ってもらった借りがある」
金と名声を求める冒険者にしてはなんとも義理堅い言葉だった。寡黙なところはあれど、きっと根が優しいのだろう。アドニスはありがたく彼女の厚意に甘えることにした。
「そんじゃルヴィア、あとはよろ~」
「わかった」
「それじゃあ、さっそくうちの村に行くか?」
「ううん、まずは準備が必要、ついてきて」
そう言って冒険者ギルドを出たルヴィアの後ろをついて行ったアドニスは、しばらく歩くと知ってる店の前に到着する。
ルヴィアが店の扉を開けて中に入ると、カウンターの奥でロリババアエルフが暇そうにキセルをふかしていた。
「んぉ? ルヴィアではないか……なんじゃ、小僧も一緒か」
客が来たというのに愛想笑いを浮かべるどころか、エスティアはアドニスの顔を見た途端、露骨にめんどくさそうな顔をする。そんな態度をされると思わずワカらせてやりたくなるのだが、あいにくと今はそれどころではないのだ。
「そんな顔するなよ、今日は客としてきたんだからさ」
「アドニス、エスティアと知り合い?」
「ああ、うん、商品の共同開発を少々、商売パートナーみたいな?」
「まっ、そんなとこじゃの……んで、二人して何の用じゃ?」
「大量発生したゴブリンを退治するから駆除剤を売ってほしい」
「ああ、『ごぶりんホイホイ』じゃの、ちょっと待っとれ、たしかまだ在庫が残っとったはずじゃが……」
そう言って、エスティアはカウンターの後ろにある棚の引き出しを開けると、中をゴソゴソと探し始める。
「あったあった、ほれ」
そう言って、エスティアは油紙に包まれた何かをルヴィアに渡す。包みを開けてみると、中からてのひらサイズの丸い団子が出てきた。一見すると草団子にしか見えず、近くでみると独特な甘い匂いが漂ってきた。
「なんか美味そうだな」
「食ってもいいがの小僧、それにはゴブリンを殺す呪いが練り込まれておるでな」
「呪い!?」
物騒な単語を聞いて慌てて近づけていた顔を引っ込める。
「おうよ、それを食わせて呪われたゴブリンが巣に戻ると、他のゴブリンに呪いが伝染し、そこからさらに伝染が広まっていき、全てのゴブリンが呪い死ぬというわけじゃ」
「ひぇ……」
「心配せんでも、ゴブリンにしか作用しない呪いじゃからな、人間にも他の動物にも無害じゃよ」
「けど、お高いんだろう?」
マジックアイテムなんて高価なものを使ったら、もとから少ない依頼料では足が出てしまうのではと心配するが──。
「銅貨8枚じゃ」
「やっすぅぅい」
「昔からゴブリン駆除に使われてきた手法じゃからの、材料もただの団子とかわらんし、ちょいと魔法をかじったことがあれば簡単に作れるわい」
これから、そんな団子ひとつで死滅させられるゴブリンの運命に同情を禁じ得ないアドニスであった。
*
さて、ゴブリン駆除に必要な道具を用意して、ルヴィアを村に案内したアドニスは、せめて道中で食べる食料や水ぐらいはこちらで用意しようと彼女を牧場にある家へと連れてきた。
「ただいまー」
自宅のドアを開けると、すぐに中からミルフィーナとシロがやってくる。
「わうっ! おかえりなさいアドニス様っ」
「お帰りなさいませご主人様、そちらの方が……」
「ああ、今回ゴブリン退治を引き受けてくれた、冒険者のルヴィアだ。そういえば、ミルフィーナさんは顔を合わせてなかったと思うけど、馬車が野盗に襲われたとき彼女が助けてくれたんだよ」
「まあ、そうだったんですね」
それを聞いて、ミルフィーナはルヴィアに向かって深々と頭を下げた。
「ミルフィーナと申します。その節はありがとうございましたルヴィアさん」
「そう、奴隷商の馬車にいたんだ……」
「はい、こうして無事でいられたのも、ルヴィアさんとご主人様のおかげですね」
ほっこりとした笑顔を向けるミルフィーナに対して、ルヴィアはどこか冷たい視線をアドニスに向ける。
「アドニス、奴隷買ったんだ?」
抑揚の変わらない喋り方をするルヴィアだが、その声には失望の色が見え隠れしていた。
(なんだろう、ルヴィアからの好感度が下がった気がするぞ)
そこでアドニスは、そういえば以前ルヴィアが「奴隷商は嫌い」だと言っていたのを思い出す。だとすれば、奴隷を買った自分に対して良い感情を抱かないのは明白だった。
「いや、えっとだな……」
「べつに、アドニスが奴隷を買ったことをとやく言うつもりはない」
「ああ……」
事情を説明しようか悩んだが、いまさら言い訳したところで、余計に彼女の心証を悪くするだけな気がしてアドニスも口を閉ざす。
黙り込んでしまった二人の雰囲気から察したのか、ミルフィーナは柔らかな微笑みをルヴィアに向ける。
「ルヴィアさん、ご主人様は私を奴隷商から買ったあと、すぐに奴隷から解放するとおっしゃってくれたんですよ。今はお手伝いとして行く宛のない私を家に住まわせてくれているんです」
ミルフィーナのことばに、ルヴィアは目を瞬かせてアドニスを見た。
「そうなの?」
「うん、まあそんな感じ」
「そうだったんだ……ごめんアドニス、てっきり卑猥な目的であなたが奴隷のミルフィーナさんを買ったんだと……謝る」
謝られたけど、その内容でだいたい合ってた。
「…………いや? 全然気にしてないから平気ダヨ? うん、まじまじ。誤解が解けてよかったよ、ねえミルフィーナさん?」
「…………」
ミルフィーナに同意を求めると、スッと視線をそらされた。誠に遺憾である!
「わう、アドニス様、アドニス様」
すると、それまで大人しくしていたシロが、しきりにアドニスの手を引っ張ってきた。
「どうしたシロ?」
何事かと膝をつくと、シロはアドニスの耳元に口を寄せて、こしょこしょと囁く。
「わぅっ、ルヴィアさんから運命のお乳の匂いがします」
それを聞いたアドニスは、もはや動じることもなく「なんかこの展開にも慣れてきたな」と、思った。
「そっかぁ……匂っちゃったかぁ」
「わぅ、ぷんぷんです」
「ぷんぷんかぁ」
偶然にしてはできすぎている。どうやら「搾乳使い」と「運命のお乳」はひかれあう性質があるようだ。