さて、アドニスとキツネ姉妹のワンナイトんほぉ!の翌々日、フォーリは自室のベッドで毛布をかぶって蓑虫のように丸まっていた。
【搾乳】によって内に秘めていた色欲を晒け出してしまったことで、彼女の自尊心はもうメッタメタである。
フォーリは我に返ってアドニスを家から追い出したあと、耐えがたい羞恥にベッドの上をゴロゴロと転げ回り、ギルドの仕事も体調不良と偽って欠勤していた。
そして、引きこもっている姉の様子を見に来たミリカが毛布を引っぺがそうとするが、頑なに離さない。
「お姉ってば、いつまでそうしてんの? ほらっ、いいかげん起きなってば」
「うぅ~やだぁ~~~出たくないぃ~~!」
いつも周囲から憧れの眼差しを向けられる知的で可憐な淑女はどこに行ったのか、フォーリはまるで子供のように喚いた。
「わっかんないなぁ、なんでそんなに気にしてるの? べつにセックスしただけじゃん?」
「そっ、それは! あんなことがあったら当然でしょ!? あっ、あんな、んほぉぉ!とか、おほぉぉ!とか言いながら母乳吹き出して、どっからどう見ても変態痴女じゃない!?」
毛布から頭だけ出して反論するフォーリは、あのときの光景を思い出して顔を真っ赤にする。
「たしかに、あたしもあんなに乱れたのは初めてだったわ。またしたいなぁ♡」
「あなたねぇ……わたしはもう、次にアドニスさんと会ったとき、どんな顔をすればいいのか分からないっていうのに……」
性に開放的な妹と違い、フォーリはついこの間までガチガチの処女だったのだ。そんな簡単に一夜の出来事として割り切れないし、ギルドの受付をしていれば嫌でもアドニスと顔を合わせてしまう。そうなったとき、とてもじゃないが平静を保つ自信がなかった。
「でも、ずっと引き篭ってるわけにはいかないっしょ? 仕事だってあるのに」
「それは、そうだけど……」
「だったら、いっそ自分から会いに行けばいいじゃん」
「え?」
「ひとりでウジウジしてても、どーにもならないし、それならアドニスに直接会って話せば気持ちの整理もつくでしょ?」
「それは、そうかもしれないけど……ねえ、ミリカはアドニスさんのこと、どう思ってるの?」
「え? アドニスは友達じゃん?」
「あぁ……そう」
あっけらかんと答える妹の軽薄さが今は羨ましい姉であった。
*
「えっと、ここでいいのよね?」
妹に背中を押され、あれからすぐに身支度を整えたフォーリは、アドニスの牧場を訪ねて村までやってきていた。
初めて訪れたが、町からさして離れていないので、徒歩でもそう時間もかからずに到着した。
のどかな村外れにある牧場では、今も牛たちが呑気に草をはんでいる。しかし、周囲を見回すがアドニスの姿は見当たらなかった。きっと家の方にいるのだろうと考えて、フォーリは玄関へと向かう。
「ふぅ……よしっ」
そして、大きく深呼吸をして意を決すると、コンコンと軽くドアをノックした。
アドニスが出てきたら、まず最初に何を話そうか考える。ちなみに、ああして体を交わらせ、あまつさえ自分の処女を捧げたのだから、正式にお付き合いするという流れは彼女の中で決定事項である。
しかし、自分から「お付き合いしましょう」なんて言うのはプライド的に負けた気がする、やはりこういうことは男の方から言ってもらいたいのだ。
(そうよ、わたしみたいなイイ女とお付き合いできるチャンスなんですよアドニスさん、きっとあなたはわたしのことを高嶺の花だと思っているでしょうけど、今勇気をだして告白してくるのなら、わたしもお受けすることはやぶさかではないんですからね!)
上から目線で、そんなことを考えていると、木製のドアがギィッと音を立てて内側からゆっくりと開けられる。
ドキリとして、慌てて背筋を伸ばすフォーリだったが──。
「いらっしゃいませ、どちら様でしょうか?」
「え?」
家の中から出てきたミルフィーナの姿を見てキョトンとなった。
第一印象は、化粧っ気はないが整った顔立ちの清楚な娘だった。しかし、すぐに牛人族特有の大きな乳房に目を奪われる。フォーリも自分の胸には自信があるけど、大きさだけを見たら圧倒されてしまうボリュームである。
(は? え? なんで? なんでこんな巨乳娘が家の中から出てくるんですか?)
もしかしたら訪ねる家を間違えてしまったのだろうか? フォーリはなんとか平静を装いながら口を開く。
「あっ、えっ、えっと……こっ、こちら、アドニスさんのご自宅、ですよね?」
「はい、そうです。ご主人様に御用でしょうか?」
(ご主人様……だとッ!?)
とんでもワードのせいで固まってしまうフォーリに、ミルフィーナも何事かと驚いた。
「たっ大変! 急に顔色が真っ青になって、どこかお体の具合が悪いんじゃ!? どっ、どうぞ中に入ってお休みになってください」
「はぇ、あ、はあ……どうも……」
あまりのショックにふらつく体をミルフィーナに支えてもらいながら家の中に入ったフォーリは、まず最初に、椅子に座っているシロとアドニスの姿を見つけた、それは別にいい、しかし問題は、アドニスの隣に座っているルヴィアだった。
(巨乳牛娘に続いて、今度は猫耳娘まで!?)
たまたまアドニス宅に遊びに来ていたルヴィアは、いつも通り革の軽装という出で立ちだが、それでも元の素材が良いので一目で美少女だとわかる。飾り気のない装いと大雑把に切りそろえられた灰色の髪が逆に彼女の野生味ある美しさを引き立てていた。
おかしい、これはおかしい。村の牧場で牛に囲まれて女に縁のない生活を送っているはずの男の家を訪ねてみたら、自分とは違うタイプの美女が次々と現れるじゃあないか。フォーリ、これは完全に予想外!
「わう? アドニス様、フォーリさんですよ~」
「えっ!?」
シロの声で来訪に気づいたアドニスは、まさかフォーリがこんなところまで訪ねてくるとは思いもしなかったのだろう、こちらも驚きに固まってしまい、ふたりはしばし黙って見つめ合った。
「あの……アドニスさん、こ、これは、一体どういうことでしょう? 説明をしてもらえますか?」
先に口を開いたのはフォーリだった。事前に話そうとしていたことは頭の中から吹っ飛んだ。今はただ、この場にいる女性との関係をはっきりとさせたい。
「な……なんのことでしょう?」
アドニスはとぼけた。彼は往生際が悪かった。
「こちらの、あなたをご主人様と呼ぶ女性と、そちらの、隣であなたにぴったりとくっついている女性のことですが?」
「ですよねぇ」
とうぜん誤魔化せなかった。
苦しい、このあまりにも苦しい状況において、アドニスは縋るような視線をミルフィーナに向けると、いつも柔らかく微笑んでいる彼女から冷たく蔑んだ眼差しが返ってきた。なんか息まで苦しくなってきた。
「はぁ……事情はなんとなく察しました。フォーリさん、私はミルフィーナと申します、そちらはルヴィアさん。三人で少々お話をしたいので……とりあえずご主人様はシロちゃんと一緒に外に出てください」
「あ、はい」
なんか前にもこんなことがあったような気がする。
アドニスはシロを抱きかかえると、恐ろしくて後ろを振り向くこともできず、一目散に家の外へと逃げ出したのだった。
*
「うぅ……シロ、今回ばかりは、もうダメかもしれない」
「わう、よしよし、だいじょうぶですよ~」
魔窟と化した家から逃げ出したアドニスは、牧場の端っこでシロの小さなお腹に抱きつきながらガタガタと震えていた。これは情けない!
「わうっ、アドニス様がルナリス様を助けるために頑張っているの、シロは知っていますから!」
「そう、そうなんだよ! 俺は決してスケベがしたいわけじゃなく、全てはルナリス様のためだったんだ、俺は間違ってないよな!?」
「わうわう、アドニス様はまちがってないですよ~」
「だよなぁ!? ちゃんと話せばフォーリさんだってわかってくれるよな!?」
「わぅん! もちろんです!」
全肯定ケモミミ幼女のおかげでアドニスの心に自信が漲ってくる。人は心の中に崇高な目的さえあれば割と無敵になれるものだ。
「うん……うん、そうだよ。そうなんだよ。俺は間違ってない、俺は正しい」
ぶつぶつと呟いて自己暗示を完成させたアドニスの顔つきからは、さっきまで幼女に泣きついていた情けなさは微塵も感じられなかった。むしろ顔つきはキリッとして、瞳からは強い意志を感じられる。これは主人公の顔だ!
と、丁度そのときだった。家のドアが開いて中からフォーリが出てきた。
しかしアドニスには一切の動揺はなく、堂々とした足取りでフォーリに近づいた。
「やあフォーリさん、ちょうどよかった、俺からも話したいことが──」
「ふんっ!」
「あぺっ!?」
爽やかな笑顔を浮かべたアドニスは出会いざまに横っ面を思い切りぶっ叩かれた。
それだけでは止まらず、返す手で二度三度と往復で引っ叩かれる。
「ふんッ!ふんッ!ふンンッ!」
「あうっ!あうっ!あふぅぅっ!」
そしてフォーリはいったんアドニスから距離を取ると、勢いをつけて猛ダッシュ!
「ふンぬりゃァッ!!!」
「うげぇっ!?」
渾身のラリアットを食らったアドニスは地面を転がって、ちんぐり返しを披露する。
そして、冷たい眼差しで無様に地面に転がったアドニスの姿を一瞥したフォーリは何も言わずに去っていった。
「わぅ……」
側で見ていたシロは、ひっくり返っているアドニスにとてとてと近づいて屈み込むと、無様な男を慰めるように優しく頭を撫でるのだった。