アドニスが行方不明になってから1000年が経った。
戦争につぐ戦争、ヒャッハーにつぐヒャッハー、そして──人類は滅亡した。
今や地上はヒャッハーすらも死に絶え、無残な争いの痕跡が残るのみ。
そして異次元に閉じ込められていたアドニスもまた、悲惨な末路を辿ろうとしていた。
何も見ない、何も聞こえない、時の流れすら不確かな闇の空間を漂うアドニス。ルナリスの加護によって肉体だけは守られていたが、彼の精神はとっくに崩壊し、今や虚無を漂う生ける尸と化していた。精気を失った瞳はただ暗闇を映すのみである。
人類が滅びた後も永遠に異次元の漂流物となる生き地獄、それがアドニスの迎えるはずの結末だった。
しかし、その時、アドニスの虚な瞳に、まるで星の瞬きのような微かな光が映った。
遠くで瞬く小さな光はだんだんと近づいてきて、やがて彼の体を包み込んだ。
光の中で暖かな温もりに包まれても、今のアドニスは何も感じることができない。しかし……彼の魂は確かに反応した。
たっぷりとした重みと温もり、吸い付くような柔みと弾力。
知っている、アドニスは確かにこれを知っている。わからないけど、魂が叫びたがっている。そう、これは──!
「オチチぃいぃィッ!!!!」
生まれたばかりの赤子が産声を上げるがごとく、それはまさしく魂の叫びであったとか。
「ハっ!? おっ、俺は今まで何を……」
そして、意識を取り戻したアドニスが最初に見たものは、自分の手が掴んでいる、とても大きなおっぺえだった。
(知らないお乳だ)
手から溢れるたっぷりとした大きさ、むにゅりと指が沈み込む柔らかさと弾力、まあるく美しい曲線美、これは理想のたわわおっぱいである。こんな素晴らしいお乳、一度触れたら忘れるはずがない。
いったいこの美巨乳の持ち主は誰なのか、そこでアドニスが顔を上げると、目の前には見たこともない美少女がいた。
年齢はアドニスと同じぐらいだろうか、顔立ちは端正で、胸だけではなく太ももやお尻もムッチリして肉付きがいい。
ぱっちり開いた大きな瞳が愛らしく、ふわりとした白く美しい長髪とフサフサと毛並みのよい大きな獣耳、お尻からは立派な尻尾も伸びている。
どこか浮世離れした美しさと可愛さを併せ持つケモミミ美少女、端的に言ってめっちゃ好みのタイプであった。
いったいこのムチプリちゃんは誰なのだろうか? アドニスは疑問に思いながらも、娘の姿に何故だか既視感を覚えていた。
「きみは一体……」
「わっ、わぅ……わぅぅ……アドニス……さま……アドニスさまぁっ!」
アドニスが問いかけると、けもみみ美少女は感極まったようにポロポロと涙を流しながら抱きついてきた。そして、いきなりアドニスの顔をペロペロと舐めだしたではないか。
「わぅぅっ! アドニスさま、アドニスさま!」
「うわっぷ!? えっ、あっ、ちょっと!?」
温かい唾液で濡れた舌で顔中をペロペロと舐め回されながら、アドニスの脳裏には、いつも共にあった幼いケモミミ少女の姿が呼び起こされた。
「もしかして……シロ、なのか?」
「わうん! そうですっ、シロですよぉ! アドニス様っ……ようやく、ようやく会えて……わうぅっ……」
長く険しい時空の旅を経て、シロは大きく成長していた。きっと今まで大変な思いをしてきたのだろう、首にしがみついて泣きじゃくるシロの頭を撫でながら、アドニスはシロが泣き止むまで黙って抱きしめてやった。
それから暫くして、ようやくシロが落ち着くと、アドニスはこれまでの経緯をシロの口から聞かされた。
「嘘だろ……俺がこんな事になったせいで世界が……ミルフィーナさんたちが……」
「わうっ! それでもアドニス様なら……アドニス様ならきっと何とかできるはずです!」
あまりにも悲惨な結末にショックを受けるアドニス。シロに励まされるものの、あまりにもスケールが大きすぎて、とても自分の力でどうにかできるとは思えなかった。
「けど、人類はもう滅びちゃったんだろ? いったい俺に何ができるんだ?」
「わう! おまかせください、ルナリス様はこうなることを見越していたんです」
「と、いうと?」
「ルナリス様から教わったシロの覚醒最終秘奥義、『アルティメットファイナルラストエターナルフォースバースト神秘的なアレ』を使って人類が滅ぶ前まで時間を遡ればいいんです!」
「シロさんすっげええ!!!」
こうしてアドニスはシロのアルティメットファイナル(以下省略)神秘的なアレによって時間を跳躍したのだった。
*
*
*
そして時は1000年前、アドニスが行方不明になった当日へと遡る。
この日、女神様にお呼ばれしたアドニスはウキウキ気分で天界に馳せ参じ、自分を待っていた女神様に駆け寄る。
「おまたせしました!」
「よく来ましたアドニス。どうやらスキルの封印が解けたようですね?」
女神グラリンザは微笑する。
「はい、アスーリア様に協力してもらってなんとか、これでルナリス様の搾乳を再開できます」
「そうね、一時はどうなることかと思ったけれど……あなたはどこまでも目障りだこと」
「え……グラリンザ様?」
聞き間違えたのかと思ったが、先程までのにこやかな表情が一変して、冷徹な眼差しで自分を見つめるグラリンザ。その剣呑な雰囲気に気圧されてアドニスは無意識に後ずさった。
「本当は直接手を下したくはなかったのだけど、しかたがないわね」
グラリンザがおもむろに両手をアドニスに向けて構える。アドニスは本能的に危険を感じ取って逃げようとするが、もう遅かった。
「アナザーディメンション!」
「ぎにゃぁぁぁぁ!!」
空間が割れ、なんか惑星とか色々見えそうな異次元の彼方に吹っ飛ばされるアドニス。そしてグラリンザが手を下ろすと、空間の裂け目が閉じ、アドニスはこの世界から存在を消した。
「ふふっ、これでもう、わたしの邪魔をする者はいなくなったわ。あとはルナリスの呪いが悪化すれば、わたしの願いは成就される……ふふふっ、あーっはっはっは!!」
「わうん! そうはさせません!!」
「なにっ!?」
こてこての悪役笑いを披露していたグラリンザだったが、その直後に突如宙に現れたシロと、彼女の腰にしがみついて落ちて来たアドニスの姿を目撃することとなった。
「アドニス! 異次元に飛ばしたはずなのに、いったいどうやって……」
ありえない事態に驚愕するグラリンザは、けれどシロの姿を見て全てを察した。
「ルナリスの仕業か……おのれ忌々しい!」
もはや隠す気もない悪意を剥き出しにするグラリンザに、アドニスは悲痛な面持ちで対峙する。
「グラリンザ様、あなたには騙されました。まさかあなたが……」
「だったらもう一度、今度こそ帰ってこれない異次元の彼方に飛ばしてやろう!」
構えをとろうとするグラリンザに向けて、そうはさせまいとシロの咆哮が閃光となってほとばしる。
「ちっ! 邪魔をするな希望の神獣め!!」
ダメージは与えられずとも目眩しとなったその隙に、アドニスはグラリンザに向かって駆け、右手を振りかぶる。いつだって、アドニスにできることはたった一つしかないのだ。
「うぉおおぉぉッ!!【搾乳】!!!」
「アドニスっ! お前の邪魔さえなければッ!」
交錯する二つの影、アドニスとグラリンザはすれ違い、そして互いに背を向けて立ち尽くす。
一瞬の静寂が流れ、アドニスはグラリンザの背中を振り向き、呟いた。
「まさか……まさかあなたが……偽乳だったなんてッ!!」
アドニスの嘆きと共に【搾乳】が直撃したグラリンザの乳房が幻のように霧散する。後に残っていたのはペッタンコな胸。
それは、乳房というにはあまりにも小さすぎた。小さく、薄く、平で、虚無すぎた。
幼女時代のシロと比べてもワンチャン負けてしまうのではないかというぐらいの断崖絶壁。くびれた腰つきや大きなお尻のグラマラス体型をしているだけに、まるでお乳だけ作り忘れてしまったような歪さである。
以前アドニスがラッキースケベでグラリンザのお乳を揉んでしまったとき、彼女が無反応だった理由もこれで納得できた。最初から無い乳にはいくら【搾乳】をしようが無意味である。そして今、成長した【搾乳】によって偽乳は看破された。
「よくも……よくもよくもよくも、よくもわたしのお乳おおぉぉ!!!!」
美しい顔を怒りで醜く歪めて発狂する闇堕ちの女神グラリンザがアドニスとシロに襲いかかる。
人類の存続とお乳を賭けたラストバトルがここに始まった。