「雪彦さん、これはなんでしょうか?」
ある日、居間の掃除をしていた珠代さんがテレビ台の下に収納されていたゲーム機を手に取って小首をかしげていた。
俺はゲーマーという程ではないが、娯楽の少ない田舎だと暇なときなんかは日がなゲームをして過ごすこともあり、最近の主流ハードはしっかりと抑えている。
「それはゲーム機だよ」
「げぇむ機? ぱそこんと違いますか?」
「まあ、親戚みたいなものかな」
説明するよりも実際に見てもらったほうが早いと思い、テレビをつけてゲームを起動させる。
ちょうどやりかけのソフトを入れたままだったので、テレビにはBGMと共にタイトル画面が映し出された。
珠代さんはキツネ耳をピコピコ動かしながら、興味津々といった様子で画面を見つめている。
「ほら珠代さん、これで操作するんだよ」
俺は珠代さんにコントローラーを握らせると、横から手を添えて動かし方を教える。
「わっ、わっ、すごいです。動きましたよ雪彦さん」
タイトル画面を操作しただけで驚く珠代さん。俺も子供の頃に初めてゲームで遊んだときは感じだったのだろう。
そこからスタートを押すと、まずはゲームの冒頭ムービーが流れだす。そして、荘厳な音楽とナレーションによってストーリーが語られた後にチュートリアルが開始する。
ナビゲーションに従いながら操作する珠代さんの手つきはたどたどしくも、驚きと興奮に見開かれた瞳は画面に釘付けである。
ゲームのテキストを「ふんふん」と頷きながら読んだり、ゲーム内のキャラクターに合わせて自分も体を揺らしてしまう珠代さんが初々しくて非常に可愛い。
「それじゃあ珠代さん、俺は仕事に戻るけど、好きに遊んでくれていいから」
「………………」
俺が声を掛けるも珠代さはゲーム画面をじっと見つめたままである。どうやら集中するあまり俺の声も聞こえていないようだ。
夢中になっているところに水を差すのも悪いので、俺はそっと部屋に戻った。
さて、俺もひとつ集中して仕事に取り掛かかるとしますかね。
それからしばらくして、作業がひと段落ついたところで時計を見ると、あれから数時間が経過しており、時刻は夕暮れ時となっていた。
仕事もだいぶ捗ったので、今日の作業はここで切り上げて、俺は居間に向かうことにした。
いつもなら、この時間帯は珠代さんが夕飯の支度をしており、台所からは包丁がまな板を叩く小気味好い音が聞こえ、食欲をそそられる匂いが立ち込めているのだが、今日はそんな気配がなく、家の中なひっそりと静まり返っていた。
いや、よくよく耳をすませば居間の方から何やら物音が聞こえてくる。
どうしたのだろうかと足を運んで居間を覗き見ると、そこには薄暗い部屋で電気も付けずにテレビの前に座ってゲームをしている珠代さんの姿。傍には掃除機が置きっぱなしになっている。
おやおや? もしかして、あれからずっとゲームをしてたのかな?
俺が近づいて後ろに立っても、それに気づかず画面を見つめる珠代さん。すごい集中力である。
さすがに放っておくわけにはいかないので、俺は彼女の肩をポンポンと叩いた。
「おーい、珠代さん」
「ふぇっ!? あっ、雪彦さん……? えっ……?」
ようやく現実世界に戻ってきた珠代さんは、まず俺の顔を見てから、キョロキョロと部屋を見回す。いつの間にか暗くなっていた部屋に戸惑っているようだ。
そして、壁に掛かった時計を見た珠代さんの顔がサーッと青くなった。
どうやら、ゲームに集中するあまり長時間が経過していることに気づいていなかったようだ。
「えっ、どうしてこんな時間に……!? お掃除がまだ、あぁっ、お夕飯の準備も! わっ、わたしったら……!」
失態に気付いてどんどん青ざめていく珠代さん。
「ごっ、ごめんなさい雪彦さん! 遊ぶのに夢中で家事を忘れてしまうなんて……!」
「落ち着いて珠代さん。そんなに慌てなくても大丈夫だから。今晩は簡単なもので済ませてしまえばいいよ」
俺はべつに珠代さんを責めるつもりはなかったが、珠代さんは責任を感じてしまったようで、彼女の可愛いキツネ耳はしょげたようにシュンとしていた。
そんなこんなで夜も更けた頃、眠りについていた俺は不意に目を覚ますと、喉の渇きを感じてベッドを抜け出した。
水を求めて台所へと真っ暗な廊下をギシリ、シギリと軋ませながら進んでいく。
年季の入った家だから仕方がないけど、夜中の古い家屋っていうのは、何か出そうな雰囲気があるんだよなぁ。
最近見たホラー映画を思い出して、背筋がそわりとしながら歩いていると、廊下の奥からぼんやりと青白い光が見えた。
なっ、なんだ!? まさか、本当に心霊現象!?
俺は恐る恐る光の方へと近づくと、光源と思われる部屋の中を慎重に覗き込んだ。
そこには、真っ暗な居間で青白い光を放つテレビ画面。
そして画面の前にはキツネ耳の生えたシルエット……。
おやおやおや?
俺はそうっと近づいて一言。
「珠代さん」
「ひゃぁッ!?」
居間の電気をつけると、寝巻き姿の珠代さんがコントローラーを握ったまま硬直していた。
いや驚いた。まさか珠代さんがここまでゲームにハマってしまうとは。
「ごっ、ごめんなさい……げぇむの続きが気になってしまって……わたし……」
「うん、ゲームをするのは構わないんだけどさ、続きをするのは明日にしよう? 夜はちゃんと寝たほうがいいよ」
「うぅ……ごめんなさい雪彦さん」
涙目になって謝る珠代さん、どうやらガチで凹んでいるようだ。頭のキツネ耳もこれ以上ないほどにペタンと垂れている。
きっとダメだとはわかっていたけど止められなかったんだろうなぁ。
俺だって子供の頃は夢中になって朝まで寝ずにプレイした経験がある。
生まれて初めてゲームに触れたのだから、夢中になっても仕方がないだろう。
俺は珠代さんの頭をヨシヨシと撫でてやり、彼女を寝室へと連れていった。
そして次の日、俺は居間のテレビの前に見慣れぬ物体を発見した。
「なんだこれ?」
石が組み合わさった四角い箱、まるで石櫃のようなそれがテレビの前に鎮座していたのだ。
触った感触は石そのもので、どういう仕組みで蓋が閉じているのか分からないが、手で開けようとしてもビクともしない。
なんじゃこりゃあ。そういえばここに置いてあったゲーム機も見当たらないようだが。
「戒めとして、げぇむ機は封印しました」
いつの間にか後ろにいた珠代さんが神妙な面持ちでそう告げてきた。
ということは、これもキツネの術の類なのだろうか?
こんなこともできるなんて珠代さんはすごいなぁ、でもそういうところが迂闊なんだよなぁ。
封印とやらには深くツッコまないであげるとして、しかしこれは少しやりすぎじゃあないだろうか。
「なにも、そこまでしなくても」
「いえ、げぇむにうつつを抜かして、これいじょう雪彦さんにご迷惑をおかけするわけにはいきませんから」
というか、これじゃあ俺もゲームできなんだけどな。
しかし珠代さんの意志は固いようだし、自らペナルティを受けようというのだから、その心意気は尊重してあげるべきかもしれない。
そう思っていたのだが、それからずっと珠代さんのキツネ耳は元気なさそうにへにょりと折れ曲がったままである。
分かりやすいね珠代さん!
一度ゲームの面白さを知ってしまった彼女にとって、これは非常に厳しい罰のようだ。
「珠代さん、無理してない?」
「そっ、そんなことないですよ。全然平気です」
慌てて笑顔を作る珠代さんだが、キツネ耳はへんにょりしたままだ。
なんだか見ているこっちが居た堪れなくなってしまうので、俺は一つ彼女に提案してみた。
「無理に禁止しなくても、ゲームをする時間を決めて遊べばいいんじゃないかな? 家事の合間に遊ぶのなら問題ないだろう?」
「でっ、でも……」
「そうだ、二人で遊べるソフトもあるんだよ。やってみたくない?」
「ぅぅっ……」
珠代さんは明らかにソワソワしている。
きっと彼女の頭の中では激しい葛藤が繰り広げられているのだろう。
ココが攻めどきだ!
「俺も珠代さんとゲームしたいなぁ〜」
わざとらしく言いながら、チラッチラッと視線を送る。
「私と一緒にげぇむをするのは、雪彦さんにも嬉しいことですか?」
珠代さんの中でせめぎ合ってい均衡が崩れ始めている! あと一押し!
「すごくうれしー! 俺も珠代さんとゲームしたーい!」
「でしたら、その、雪彦さんが嬉しいなら……私も遊ぼう、かな……えへへ……」
そう呟いた珠代さんのキツネ耳は元気を取り戻してピンと立ちあがっていた。
フゥゥッ!! 珠代さんてばチョロかわいいぜ!!
そのあと俺と珠代さんは仲良くゲームをしたわけだが、夢中になりすぎてまた晩御飯を作り忘れたのはご愛嬌である。