取り乱していたキツ夫は気づいていなかったようだが、じつは美津妃さんが近くで昼寝をしていたのだ。
俺たちが騒いだせいで目を覚ましてしまったのだろう、今は人の姿に化けている。
美津妃さんは小さく欠伸をすると、眠たげな瞳をこちらに向けた。
彼女に名前を呼ばれたキツ夫は先ほどまでの威勢はどこに消えたのか、美津妃さんの姿を見た途端、ギョッとした顔で固まってしまった。
「みっ、美津妃様……!? どうして、貴女がここに……」
俺や珠代さんには偉そうにしていたキツ夫が、美津妃さんにはへりくだった態度で「様」付けである。どうやら里のお嬢様っていうのは嘘ではなかったらしい。
「そんなのぉ、珠代ちゃんのために戻ってきたに決まってるじゃなぁい。母親が娘に会いに来るのがおかしいかしらぁ?」
「いっ、いえ、そんなことは……しかし、この辺りは里も近く、このことを長が知ったら不味いのでは……?」
「べつにぃ、そんなの、どうでもいいわぁ」
忠告を毛ほども気に掛ける様子がない放蕩お嬢様っぷりを披露する美津妃さんにキツ夫も思わず閉口してしまう。
キツ夫にとって美津妃さんがいることは誤算だったのだろうけど、動揺の仕方が尋常じゃなかった。引き攣った顔に冷や汗を滲ませている様子は、まるで彼女に怯えているようだ。
「それよりぃ、キツオちゃんこそ、うちになんの御用かしらぁ?」
いや、ここは俺の家なんですけどね?
人の家をサラッと自分の物扱いしてる美津妃さんにツッコミを入れたくなるが、話の腰を折りたくないので黙っておく。
「そっ、それは……珠代を連れ帰るために、そうしたら、そうッ! この男が! あろうことか私の妻である珠代と!」
キツ夫が俺のことを指差して叫ぶ。ちなみに俺はいまだに珠代さんにチンコを突っ込んだままの状態である。
「交尾してるわねぇ?」
「そうっ、交尾をしているっ! 私の妻と交尾をしているぅゥッ!!」
「それがどうかしたのかしらぁ?」
「どうかしてるでしょう!?」
なんだこれ。
二人のコントのようなやり取りを見せられて、俺も射精しかかっていたのが引っ込んでしまったので、仕方なく交尾を中断してチンコを抜いた。
「ふぁ……ぁんッ」
挿入していたチンコを抜くと、膣内が擦れる刺激で珠代さんがピクンッと体を震わせた。力が抜けてしまったのか、くったりと寝そべったままの珠代さん。
俺はいそいそとズボンを履き、彼女の乱れた服を直してからキツ夫に向き合った。
「で、なんだっけ?」
「お前と珠代が不貞を働いていた件についてだ!」
あー、そうだった。なんかもうグダグダになってきたなぁ。
「えー、さっきも言った通り、珠代さんは俺とラブラブになったから、お前とは別れて俺と末長く幸せに暮らす予定です。以上!」
「ふざけるな!」
当然これで納得するわけがなく、多少落ちついていたキツ夫の顔がぶり返した怒りに歪む。
「ふっ……ふふっ、ふははハハッ!」
そうかと思えば、今度は急に笑い出すキツ夫。情緒不安定だなぁ。
「お前と珠代が結ばれることなんてあり得ない! なぜなら私たちの正体は……!」
「化け狐でしょ?」
「は?」
「とっくに知ってたし」
というか、今も珠代さんと美津妃さんは耳と尻尾丸出しである。
キツ夫は信じられないといった顔で美津妃さんを見た。
「本当よぉ、雪彦ちゃんは相手が化け狐だとわかってても交尾できちゃう変態さんなのよぉ」
ちょっと美津妃さん、事実だけど言い方が酷くないですか?
「なんてことだ! この変態めッ!」
うるせえぞキツ夫!
「そういうわけだからぁ、残念だけど珠代ちゃんのことは諦めてちょうだいねぇ」
「馬鹿なことを仰らないでください美津妃様!」
「別にふざけてないわよぉ、母親として珠代ちゃんの気持ちを尊重しているのよぉ」
「私と珠代の婚姻は里の長が、あなたのお母上がお決めになったことなのですよ!?」
「だからぁ?」
「長の決定に逆らうおつもりですか!」
「でもぉ、私とっくに勘当されてるしぃ、今更なのよねぇ」
「しかし……ッ!」
「それにぃ、わたし知ってるのよぉ、キツオちゃんて”アレ”でしょお?」
「!?」
美津妃さんの一言で、一瞬にして顔色が変わるキツ夫。
「やっぱりぃ、可愛い娘のお婿さんがアレっていうのはねぇ?」
「なっ、なんのことだか……」
キツ夫は明らかに動揺している。何か隠しているのはバレバレである。
「美津妃さん、アレってなんですか?」
「キツオちゃんはねぇ、おチンチンがぁ、勃たないのよねぇ?」
「ぐぅゥッ!?」
「え、まじで? それはいわゆる──勃起不全! でいうところの──インポ! ってことですか?」
「黙れ! 黙れ! 黙れェッ!!」
俺の言葉をかき消すように怒鳴り散らすキツ夫。どうやら図星のようだ。
そっかぁ、狐にもインポってあるのかぁ……。
衝撃の事実である。しかしなるほど、キツ夫が今まで珠代さんと交尾しなかった理由もそこにあったわけか。
「そうだったんですね……」
「珠代!?」
いつの間にか起き上がっていた珠代さんが、気の毒そうな顔でキツ夫を見ていた。
きっと今までは妻に秘密を隠しながら亭主関白を気取っていたのだろう。それだというのに、彼女の前で秘密を暴露されてしまっては、オスとしてのプライドはズタズタである。
「珠代ちゃんもぉ、やっぱり交尾できないオスは嫌よねぇ?」
「わっ、私はそのっ……オスの価値がそれだけで決まるとは思いませんけど……」
「でもぉ、雪彦ちゃんの太くて硬ぁいオスちんぽで、おマンコをズンズン突かれるのってぇ、とぉっても気持ちいいでしょぉ?」
「あっ、えっと、それは、その……ごめんなさい……」
申し訳なさそうにキツ夫に謝る珠代さん。
「ぐおぉぉぉぉオオオォォッ!!!!」
妻の残酷な謝罪にキツ夫が吠えた! もはや奴のメンタルは崩壊寸前である。
「キツ夫……なんていうか、ゴメンな?」
俺は慈しみの顔でキツ夫に手を差し伸べた。
「貴様……」
キツ夫の事は邪魔だとしか思わないが、同じ男としてインポについては同情してしまう。
これ以上争っても傷を広げるだけじゃあないか。悲しみしか生まない戦いなんてもうやめるべきなんだ。
悲しい行き違いはあったけど、俺たちはきっと手を取り合えるはずさ!
「間男の分際で私に同情するなァッ!!!」
差しのべた手はあっさり打ち払われた。
そりゃそうだよネ〜。
プライドを打ち砕かれ、もはやオスとしての尊厳を失ったキツ夫は憎しみに歪んだ顔を美津妃さんに向けた。
「それというのも! 貴女さえあんなことをしなければ……こうなったのは元はと言えば貴女のせいではないかッ!!」
憎々しげに美津妃さんを睨むキツ夫だったが、彼女は気にした様子もなく、フゥッと、一つため息を吐いた。
「あぁ、もぉ面倒だわぁ」
直後、先ほどまでオチャラケていた美津妃さんが一転して剣呑な空気を纏う。
「ねぇキツオちゃん、これ以上わたしに楯突こうっていうのならぁ、覚悟は出来てるのよねぇ?」
口調は変わらないのに、寒気を感じるような威圧感。
「ひぃ……っ!」
真正面から美津妃さんに凄まれたキツ夫は恐怖で竦み上がる。そりゃあもう、失禁するんじゃないのかと思う程のビビリようだった。
さっきまで呑気にブラブラしていた俺の息子もパンツの中で縮こまってしまうぐらい恐い!
美津妃さんのプレッシャーに怯えながら、ぎこちなく後退りしていくキツ夫の姿は、まるで熊に遭遇した人間のようである。美津妃さんて俺が思ってたより遥かにヤバイ存在なのかもしれない。
俺は初めて彼女に会ったときのことを思い出した。あのとき美津妃さんが気まぐれを起こさなかったら俺はどうなっていたのだろうか?
想像したらゾッとした。
うん、美津妃さんの機嫌は損ねないよう気をつけよう。
そうこうしている間に、キツ夫は俺たちから十歩以上離れた場所まで遠ざかっていた。
「きょっ、今日のところは引き下がっておくが、ただで済むとは思わないことだ! お前たちは一族の長に逆らったのだからな!」
小悪党が言いそうな捨て台詞を吐いたキツ夫は、そのまま尻尾を巻いて逃げていった。
「これでキツオちゃんも暫くは大人しくしてると思うわぁ」
いつも通りの雰囲気に戻った美津妃さんがのほほんと言う。奴が最後に残した台詞は気になるが、とりあえず一件落着でいいんだよな?
「そういえば、キツ夫が美津妃さんのせいでどーこー言ってたけど、あいつと何かあったんですか?」
「う〜ん、話せば長いんだけどぉ、キツオちゃんとは昔にちょっとあってねぇ」
「ちょっと、とは?」
「私が無邪気に遊んでいた子供のキツオちゃんを草むらに引っ張り込んで性的な悪戯をしたのがトラウマになっちゃったみたいなのよねぇ」
「全然長くなかった! しかも最悪だった!」
幼少期にこんな淫乱女狐につまみ食いされたら、そりゃあ心に傷も負うだろ。
キツ夫、可哀想なやつ。
嫁さんを寝取っておいてなんだが、奴を同情せずにはいられなかった。