ある日の昼下がり、俺は珠代さんと美津妃さんを伴って近所の商店街まで足を運んでいた。
珠代さんが家に来てからというもの、買い物なんかは殆ど任せっきりになっていたから、商店街に立ち寄るのは久しぶりだ。
なぜ、今日に限って俺も付いて来たかというと、それは隣で鼻歌まじりに呑気に歩いている美津妃さんのせいだった。
いつも通り、珠代さんが夕飯の買い物に出掛けようとしたところ、暇を持て余していた美津妃が一緒に行くと言い出したのである。
たかが買い物ぐらいで大袈裟だと思うなかれ。
小さな町ではよそ者の存在は目立つ、それが歩く猥褻罪のような美津妃さんであれば尚更だ。下手なことをすれば町中の噂になりかねない。
それで結局、不安になった俺も一緒に行くことになり、こうして三人仲良くお出かけと相なったわけである。(ちなみに、出掛けるときは耳と尻尾はちゃんと隠してもらってる)
久しぶりに顔を出した商店街は特に代わり映えもなく、というか、俺が子供の頃に住んでいた時から町並みは殆ど変わってない。せいぜい店主が代替わりしたぐらいだ。
商店街と聞くと寂れた印象があるけど、ここら辺だと大きなスーパーは車で行くような距離にしかなく、近隣の住人は今も商店街を利用している。今も俺たちの他にも買い物客をチラホラ見かける。
驚いたことといえば、俺の知らないところで珠代さんが商店街の人たちとすっかり顔馴染みになっていたことだ。
道ゆく人が珠代さんに声を掛けて、珠代さんもニコニコしながら挨拶をする。
小さな町だから住人はほぼ知り合いのようなもので、一緒にいる俺も声を掛けられるのだが、珠代さんのオマケ感がすごいぜぇ……。
「すごいね珠代さん、人気者だ」
「みなさん良い人ばかりで、とても親切にしてくれるんです」
田舎はよそ者に冷たいと言うが、これも珠代さんの人徳だろうか。(狐だけど)
「雪彦さん、今夜、何か食べたいものはありますか?」
「そうだな、鍋が食べたいかなぁ」
「わかりました、それじゃあまずお野菜を買いましょうね」
俺のリクエストに応じて、珠代さんはまず八百屋に向かった。
「こんにちはぁ」
珠代さんが店先から中を覗くと、すぐに気づいた八百屋のオヤジが愛想よく出て来た。
昔は髪がフサフサの兄ちゃんだったのに、今では後退が進んで寂しくなった額がテカテカとよく光っている。
「おっ、いらっしゃい珠代ちゃん! 今日も可愛いねぇ」
「ふふっ、ありがとうございます」
だらしなく頬を緩ませるオヤジ。
そりゃあね、いつも近所のオバサンやら婆さんを相手に商売している中で、こんな可愛い女の子がやってきたら、はしゃいでしまうのも無理はない。
うーむ……念のため、釘を刺しておくか。
「ちわっす」
珠代さんに夢中だったオヤジは、後ろから顔を出した俺を見て怪訝な顔をする。
「おぉ? 雪彦じゃないか、どうしてお前さんが珠代ちゃんと一緒にいるんだ?」
「そりゃあ、珠代さんは俺の彼女だからね、一緒に暮らしてるんだよ」
「なにぃっ!?」
これ見よがしに珠代さんの肩を抱き寄せて見せると、オヤジはわかりやすく落胆した顔をになる。
いや、わかる、わかるよその気持ち。俺だって珠代さんに一目惚れしちゃったんだからさ。
こんなに可愛くて気立てのよい女の子がニコニコしながら買い物に来てくれたら、そりゃあ少しは期待しちゃうよな?
でもダメ! 珠代さんは俺の嫁だから! 他の男はお触り厳禁!
「おじさん、今晩はお鍋にするので、白菜とおネギ、春菊と……あと、椎茸をください」
「あぁ……へぃ、まいどぉ……」
あからさまにテンションの下がったオヤジは、ノロノロと野菜を袋に詰めていく。
なんだか可哀想なことをしてしまった。
けど、こういうのは変に期待させるよりもハッキリさせておくのがお互いの為というものだ。
後は普通に買い物するだけで丸く収まるはず──だったのだが。
「椎茸もいいけどぉ、わたしは松茸が食べたいわぁ」
「うぉっ!?」
今まで大人しくしていた美津妃さんが、ひょっこり割り込んできたものだから、八百屋のオヤジが目を丸くする。
突然声を掛けられたことよりも、美津妃さんの美貌に驚いているようだった。
まあ、それもわかる。
ほんわかとした雰囲気の珠代さんが、買い物袋を片手に歩く姿は商店街にすっかり馴染んでいるのに対して、美津妃さんは相変わらず胸元が大きくはだけた格好でエロい匂いを醸し出しているのだ。
歌舞伎町を根城にしてそうなお姉さんが、こんな辺鄙な商店街にいたらそりゃ驚くわな。
「どっ、どちらさんで?」
「私は珠代ちゃんのお母さんよぉ」
「お母さん? えっ? 珠代ちゃんのお母さん?」
オヤジは並んでいる母娘の顔を見比べてから、美津妃さんの顔を見て、そのまま降りてゆく視線が胸の谷間をロックオン。
「へぇぇ……へぇぇぇ……奥さん、珠代ちゃんのお母さんですかい」
「そうなのぉ、よろしくねぇ八百屋さん」
美津妃さんはオヤジが胸を見ているのに気づいていながら、わざと腕を前で組んで胸を持ち上げて見せる。
服からこぼれ落ちそうなおっぱいが目の前でユッサユッサと揺れ動くのに合わせて、オヤジの顔も上下にカックンカックンと動いた。
「ねぇ八百屋さん、お近づきのしるしに、この松茸、オマケしてくれないかしらぁ?」
さすが美津妃さん! 自分からお近づきのしるしを要求していくスタイルぅっ!!
「おっ、オマケですかい!?」
「だめかしらぁ?」
美津妃さんがしなを作ってピタリと体を寄せると、オヤジは腕に当たる柔らかな感触に鼻息を荒くする。
「いっ、いやぁ、さすがに松茸をオマケするのは……こっ、こちっの椎茸なら……」
「でもぉ、この松茸、すごく立派なんだものぉ。つばの部分がとぉっても太くて、先っぽもこんなに大っきく膨らんでぇ」
「へっ、へぇ、そりゃあもう、こいつはなかなかに上等な松茸でして……」
「こんなに大きい松茸をお口に入れたら、とっても美味しいんでしょうねぇ」
美津妃さらに体を寄せると、オヤジの腕は大きなおっぱいにスッポリと挟み込まれてしまう。
「んほぉっ!?」
その柔らかな感触に感極まった声を上げるオヤジ、きっと今は頭の中がおっぱいでいっぱいに違いない。
「ねぇ八百屋さぁん」
「はっ、はひぃっ!?」
耳元にキスをしそうなぐらい近づいた唇が艶かしく動き、熱い吐息を吹きかけながら甘ったるい声が囁かれる。
「八百屋さんの立派な松茸、食べたいなぁ♡」
「んほぉォォッ!! よろこんでぇぇ!!!」
オヤジ、完全に堕ちるッ!
「はいはい、そこまで、ストップストップ」
店先の松茸を全部掻っ攫おうとするオヤジから美津妃さんを引っぺがす。
「あんっ、なにするのよぉ」
「だめでしょ美津妃さん、そんなことしたら八百屋が潰れちゃうって」
「いやっ、止めるな雪彦! 奥さんのためなら、俺はっ、俺はぁぁっ!!」
「落ち着けっ! 美津妃さんも冗談で言っただけだから」
無論、美津妃は本気でぼったくろうとしてたのだが、それを野放しにしていたら商店街が壊滅しかねない。
「やり過ぎちゃダメ!」と俺が目配せすると、美津妃さんは嘆息しながらも頷いて見せた。
「ごめんなさいねぇ、ちょっとからかってみただけよぉ」
「あっ、じょっ、冗談ですかい……ははっ、そうですよね……」
ようやく正気に戻ってくれたオヤジは、気を取り直して最初の注文通りに野菜を袋詰めしてから、オマケに袋いっぱいの椎茸をサービスしてくれた。
必要な野菜を買い、これ以上の問題が起る前に引き上げようとしたとき、八百屋のオヤジが名残惜しそうに美津妃さんに声をかける。
「奥さんも雪彦の家に住んでらっしゃるんで?」
「ええ、そうよぉ」
「だっ、旦那さんもご一緒で?」
「夫はいないわぁ」
「単身赴任かなにかで?」
「そうじゃなくてぇ、いないのよねぇ」
何かを思い出すように遠い目をする美津妃さん。
あ、これは思わせぶりなフリをして、相手のこと全然覚えてないやつだ。
「えっ!? 奥さんは未亡人ってことですかい?」
「未亡人? そうねぇ、そういうことになるのかしらぁ」
物は言いようだなぁ……。
俺が隣で呆れていたそのとき、美津妃さんの言葉にオヤジの目の色が変わったことに気づいた。
あっ、これは──。
面倒な予感がした俺は、これ以上話を長引かせまいと美津妃さんの手を引いた。
「それじゃ、行きましょうか」
「あんっ、雪彦ちゃんてば強引ねぇ」
「まっ、まいどありぃ! またどうぞ!!」
ずっと見送り続ける八百屋のオヤジにヒラヒラと手を振る美津妃さんを引っ張りつつ、俺たちは残りの買い物も済ませて家路に着いた。
*
「これだけあったら、当分は椎茸に困りませんね」
帰り道。
大量の椎茸が入った袋を持ちながら珠代さんがホクホク顔をしている。主婦業をしているからお得な買い物が嬉しいのだろう。家計のことを考えてやり繰りする珠代さん嫁可愛い!
「もぉ、せっかく松茸が食べられると思ったのにぃ」
不服そうにぼやく美津妃さん。
うん、やっぱり今日は俺も付いてきて正解だったな。
「美津妃さん、女日照りの中年をからかっちゃダメですよ」
「あらぁ、もしかしてヤキモチかしらぁ?」
「そうでなくて……」
八百屋のオヤジは悪い人間ではないのだが、美津妃さんを見る目がちょっと気になったのだ。
俺の気苦労など知らず、美津妃さんが左腕に絡みついてくると、そにれ気づいた珠代さんもすすっと右腕にくっついてきた。
あ、なんかこれ、すごくイイです。
「うふふっ、松茸の代わりに、今夜は雪彦ちゃんのえのき茸を食べちゃおうかしら」
「せめてエリンギと言ってくれませんかね!?」
両腕にあったかくて柔いものを感じながら、たまにはこうして三人で出かけるのも悪くないなと思った────。
