うららかな日差しが降り注ぐある日のこと。
ポカポカと温かい縁側でキツネの姿に戻った珠代さんを膝の上に載せ、彼女の毛皮をブラッシングしながらモフモフを堪能していると、玄関からチャイムの鳴る音が聞こえてきた。
気持ちよさそうに目を閉じていた珠代さんのキツネ耳が音に反応してピクッと揺れる。
「俺が出るから、珠代さんはそのままで大丈夫だよ」
膝の上から降ろした珠代さんが小さく喉を鳴らして体を丸める。まあるい毛玉と化した姿に思わず頬擦りしたくなるのを我慢して、来客が待つ玄関へと向かう。
「はーい、どちら様で……」
ガラリと玄関を開けるが、しかしそこには誰もいない。出るのが遅かったから帰ってしまったのだろうか?
「どこを見ておる、こっちじゃうつけ」
「え?」
仕方なく戻ろうとしたとき、下から人を小馬鹿にするような声がした。目線を下げてみると、そこには小学生ぐらいの小さな女の子が立っているではないか。
幼いけれど綺麗な顔立ちで、長く伸びた真っ白な髪が神秘的な雰囲気を纏っている。
それにしても……この子いま、婆さんみたいな喋り方をした気がするんだが?
────いやまさか、そんなまさか、まさかのまさかアレなわけないよなぁ?
脳裏によぎる疑惑を振り払って、俺は少女に尋ねる。
「お嬢ちゃんはどこの子かな?」
「ふんっ、どんな男かと思えば存外平凡な面をしておるのぉ」
「!?」
可愛い見た目とは裏腹に、幼女は実に尊大な口調で言い放った。
「おい小僧、珠代はどこにおる? 早う呼んでこい」
このやりとりだけで、俺は多くのことを察した。
はいはい、なるほどね。
珠代さんの名前を出したってことは、この幼女もきっと化けギツネ関係なんだろう。しかし、いま重要なのはそこではないのだ。
ほんわか可愛い系の珠代さん、淫乱人妻系の美津妃さんに続いて、ついに来ちゃったかぁ──────。
ロリババアってやつがよぉッ!
まあね? ケモミミとロリババアのシナジー効果は有識者も認めるところであり、俺の性癖基準に基づいて、ロリババアが有りか無しかで言えば、大いに有りである。
けど、アレだな。実際に相対してわかったんだけど、子どもの姿で不遜な態度をとられると思ってたよりもイラッとくるネ!
ああ、無性にわからせてやりたくなってきたぜぇ。
俺は湧き起こる欲求に従ってロリババアのほっぺを両手で挟んでムニムニと押しつぶした。
「ぶへぇっ! にゃにをする! こにょぶれいもにょぉっ!!」
うははっ、子供のほっぺはプニプニしとるのぉ。
「おやおやぁ、このお子様はずいぶん躾がなっていないようですなぁ」
爽快な気分で教育的指導を施していると、ロリババアは短い手足をジタバタさせて俺の手を引き剥がした。
「なんと無礼な人間じゃ! ワシを誰と心得る!!」
「はぁぁん? お前のことなんざ知りましぇぇん、どこの悪ガキ様でございますかぁぁ?」
俺は相手に合わせて自らの精神年齢を幼児レベルに引き下げた。
ロリババアは顔を真っ赤にしている。これは効果ばつぐんだ!
「むぎぃぃぃっ! なんたる不敬! 万死に値するわっ!」
「ほぉぉん、やれるもんならやってみせてくださぁぁい」
調子に乗って煽り散らしていたところ、ロリババアが怒りに満ちた眼光で俺を睨みつけた途端、金縛りにあったかのように体が動かせなくなってしまう。
んおっ!? これは……以前に美津妃さんにやられたのと同じやつだ!
「ひょっひょっひょっ! さて、望み通りこの場で貴様を処分してくれよう、そうすれば珠代も諦めがつくじゃろうて」
まるで目障りなゴミを片付けるかのように、冷酷な瞳をしたロリババアが動けない俺に向けて手を伸ばそうとした、そのときだ。
「あらぁ、わたしの家で勝手なことをしないでもらおうかしらぁ」
いつも通りの呑気な声によってロリババアの動きが止まる。
いやいや、だからここは俺の家なんですけどね?
文句を言いたいところだが、それでも今の俺にとってはこの上なく心強い味方が来てくれた。
「ぬぅっ……美津妃、貴様!」
「久しぶりねぇ? お母さん」
ロリババアは憎々しげな顔で俺の後ろにいる美津妃さんを睨んでいる。
「ふんっ、お前のような娘など産んだ覚えはないわい」
美津妃さんの母親ってことは……ああ、なるほど、こいつが珠代さんの言っていた”お祖母様”、つまり、ここら辺を棲家にしている化け狐たちの親分てことか。
里長自ら乗り込んでくるとは、どうせキツ夫のやつが告げ口したのだろう。まったく迷惑なキツネ野郎だ。
美津妃さんが動けないでいる俺の肩に手を置くと、それまで体を縛り付けていた力がフッと消える。
「雪彦さん! ご無事ですか!?」
そこへ騒ぎに気づいた珠代さんも駆けつけてきた。
「珠代か、久しぶりじゃのう」
「お祖母様……」
ロリババアの姿をみた珠代さんが顔を硬らせる。くしくもこの場に母娘三代揃ったわけだが、とても呑気にお喋りをするような雰囲気ではない。
「ワシがここに来た理由は、言わずとも分かっておるな?」
「私は……戻りません」
「我が儘を言うでない! せっかくワシが家柄も申し分ないオスを選んでやったというに、よりにもよって人間の男なんぞに誑かされおって」
「お婆さま……私は、好きになった人と、雪彦さんと添い遂げたいんです!」
おおっ! 珠代さんの口からそうまで言って貰えるなんて、男冥利に尽きるってもんだ。ここは俺も男らしさを見せねば!
「どうも雪彦ですロリババ……祖母様、お孫さんをボクにください!」
「誰がお祖母様じゃい! ワシのことは敬意と畏怖を込めて白那様と呼ばんか、たわけ!」
うん、第一印象は最悪だな。
「珠代や、ワシはお前に意地悪をしたいわけではないんじゃぞ? これは大事な孫であるお前の幸せを願ってのことなんじゃ」
「そういうのを押し付けって言うのよねぇ、恋愛は自由にさせてあげるべきだわぁ」
横合から野次を飛ばす美津妃さん。それを聞いた白那が青筋を立てる。
「うっさいわ! 自由にさせた挙句、里中のオスを喰う淫乱妖狐になり果てのは誰じゃ!!」
「そういうこともあったしからねぇ……」
なるほど、全ては淫乱な母親の招いた業というわけか。
俺は横目で美津妃さんをジトッと見つめる。
「うふっ♡」
ぱちっとウインクを返された。この色欲の権化に反省という文字はないようだ。
「珠代や、ワシはおまえに母親のようにはなって欲しくないんじゃ、わかっておくれ」
「お祖母様……それでも……それでも私は、雪彦さんの側にいたいんです」
瞳に涙を滲ませながらも、強い意思を見せる珠代さん。その熱意を感じ取った白那は困ったようにため息をつく。
「やれやれ、このまま無理に連れ帰ることもできるが……せめてもの情けじゃ、ワシは三日後にまた来る、それまでに心の整理をしておくがよい」
そう言って白那は背を向ける。
「けど覚えておけ、そのときも駄々をこねるようであれば、今度は力づくじゃ」
それだけ言い残し、白那は去っていった。
*
とりあえずは急場を乗り切ったわけだが、白那は三日後にまた来ると言っていた。そのときまでに何か手を打っておかないと珠代さんが連れていかれてしまう。
俺たち三人は居間に戻ってなにか良い案はないものかと頭を捻っていた。
「美津妃さんにも白那は止められないんですか?」
「そうねぇ、そこら辺の狐程度なら軽く捻れるけどぉ、里長を相手にすればタダじゃ済まないわねぇ。良くて相打ち、まぁ、どちらかは命を落とすでしょうねぇ」
「だっ、だめです! お母さんとお祖母様が争うなんて、そんなのだめです!」
珠代さんがブンブンと首を振る。俺も血生臭いのは勘弁して欲しい。
「珠代ちゃんはどうしたいのかしらぁ?」
「私は……お祖母様にも雪彦さんとの仲を認めてもらいたいです。だって、お母さんもお祖母様も大切な家族なんだから……」
「みんなで仲良くってことぉ?」
こくんと力なく頷く珠代さん、彼女自身もそれは難しいことだと理解しているのだろう。
参ったなぁ……可愛い珠代さんの願いは叶えてあげたいけど、今日の様子を見る限り、いくらお願いしたところで、あのロリババアが折れてくれるとは思えない。
しかし、美津妃さんは何やら思案してから、俺の方を向いてニヤリとほくそ笑んだ。
うわっ、なんか悪い顔してる! これは悪女の顔ですわぁ。
とはいえ、今は藁にも縋りたい状況である。毒だと分かっていても使わざるを得まい。
「なにか名案でも浮かびました?」
「えぇ、珠代ちゃんの望み通り、皆んなが仲良くなる方法を思いついちゃったわぁ」
「お母さん、本当!?」
「うふふっ、でもぉ、これには雪彦ちゃんの協力が必要不可欠なのよねぇ」
試すような口ぶりだが、俺だって珠代さんのためなら一肌でも二肌でも脱ぐ覚悟である。
「聞かせてもらいましょうかね」
そして美津妃さんは俺たちに悪巧みを語り始めるのであった。