さて、俺の真心込めた精いっぱいのお願によって、俺と珠代さんの仲は里長公認となったわけで、これでもう邪魔する者はいなくなったぞと一安心していたのだが──。
「さあ、今日こそは珠代を連れ帰らせてもらおうか!」
空気を読めないキツネ野郎がドヤ顔で我が家に乗り込んできた。
そーいや、こんな奴もいたなぁ……すっかり存在を忘れてたわ。
そもそも、白那が介入してきたのだって、美津妃さんが怖くて自分じゃどうしようもないキツ夫の企てなのだ。この虎の威を借る狐め!
こいつの中では白那の力によって憎い人間のオスは泣く泣く珠代さんを手放すというシナリオが出来上がっていて、今もそれを信じているのだろう。しかし──。
「いや……すまんが、珠代との婚姻はなかったことにしてくれんかのぅ……」
気まずそうに視線を宙に彷徨わせながら呟く白那の言葉に、キツ夫が驚愕に目ん玉をひん剥く。
「ハぁッ!? そっ、それはいったい……どういうことですか白那様!?」
「それはその……色々とあってじゃなぁ……ワシも甚だ遺憾ではあるが、珠代の望む通りにさせようと思ったんじゃ……」
「何故です!? 珠代を連れ帰ってくれると約束してくれたではありませんか!」
「それは、そのぉ……だから、済まぬと言っておるじゃろ……」
キツ夫が言及するも、白那はごにょごにょと言葉を濁すのみ。
そりゃあね? 里の長が人間の男に犯された挙句に淫紋で性奴隷にされちゃいました──なんて言える訳がない。
「ちゃんと説明してください!」
「だから! 色々だって言っとるじゃろうがっ! ガタガタうっさいんじゃボケェッ!!」
「おぶぅッ!?」
尚も食い下がろうとするキツ夫だったが、逆ギレした白那に張り倒されてしまう。
「里長のワシが決めたことに文句を言うではないわ! 捻り潰されたいか小童!」
「ひぃッ……!」
これは酷い……なんというパワーハラスメント。美津妃さんのわがまま女王様な性格って母親譲りなのではなかろうか。
「まあ、そう言うわけだからさ、珠代さんのことは俺に任せてくれよキツ夫」
「黙れ人間! どうせ貴様と美津妃様が何か悪どい手を使って白那様を誑かしたのだろう!」
うん、その通りです。
「はいはぁい、これはもう決まったことなのよぉ、駄々をこねちゃいけないわぁ」
「ごめんなさい、キツ夫さん……」
「ぐぅ……ッ!」
俺の後ろで美津妃さんが睨みをきかせ、珠代さんが申し訳なさそうに謝ると、多勢に無勢の形勢にキツ夫もそれ以上は何も言えなくなってしまう。
「いいだろう……今日のところは引き下がっておいてやる……だがなぁ、これで勝ったと思わないことだ人間! 覚えておけ! この借りを必ず返すぞ!」
わぉ、なんというコテコテの捨て台詞だ。聞いてるこっちが恥ずかしくなってしまうじゃないか。
最後にそれだけ言い残し、キツ夫は逃げるように去っていった。
*
「それじゃあ、いただきますっ!」
俺が合唱すると、隣に座る珠代さん、そしてテーブルの向かいに座る美津妃さんと白那も手を合わせる。
「いただきます」
「いただきまぁす」
「いただくのじゃ」
テーブルの真ん中に置かれたカセットコンロの上では、湯気を立てる黒い鉄鍋の中で甘辛い汁に浸かった肉や野菜が美味しそうにくつくつと煮えている。
色々とあったわけだが、こうして同居人も増えたことだし、みんなで同じ鍋をつついて親睦を深めようじゃないかと、本日の晩ご飯はみんな大好きスキ焼きである。
「雪彦さん、こちらのお肉はもう良さそうですよ」
「うん、ありがとう珠代さん」
小鉢の生卵を箸でかき混ぜていると、珠代さんが具材を鍋に追加しながら甲斐甲斐しく肉を取り分けてくれる。
ちょっと奮発していいお肉を用意したので、火を通しすぎないよう気を付けながら、汁の染みた肉をとき卵に絡めて一口で頬張る。
柔らかな肉を噛み締めると、肉汁の旨味が口の中に広がる。
「はふっ、はふっ……うまッ! ほら、珠代さんも食べなよ」
「それじゃあ……はむっ、んっ……とっても美味しいです」
小さな口で上品に肉をぱくりと食べた珠代さんは、ふにゃりと目尻を下げて微笑む。
はぁぁぁ、珠代さんはご飯を食べる姿も可愛いなぁぁ。
珠代さんと肩を寄せ合って食べるすき焼き、最高だ!
それに比べて──。
「こりゃ美津妃! それはワシの肉じゃぞ!!」
「そんなの知らないわよぉ、このお肉が私に食べて欲しそうにしてたんだものぉ」
「肉ばかり食べておらんで、ちゃんと野菜も食べんか!」
「やぁよぉ、お肉のほうが美味しいんですものぉ……春菊はお母さんにあげるわぁ」
「うぉぃ! ワシの皿に嫌いなものを入れるでない! まったく……お前は子供のころから好き嫌いが多すぎるのじゃ!」
キャンキャンとまあ、実に騒がしいことだ。
俺が呆れている一方で、隣では珠代さんが母親と祖母が騒いでる様子をニコニコしながら見守っていた。
「珠代さん、嬉しそうだね?」
「はい……こうやって家族みんなでご飯を食べるの、私、ずっと憧れてたんです」
「そっか」
美津妃さんの策略で白那を嵌めたのだが、奇しくもそのおかげで珠代さんの望んでいた”みんな仲良く”というのが実現したのだ。(白那が俺のことを嫌っているのは間違いないが)
こうして家族三人揃ってというのが珠代さんにとっては特別なのだろう。
「お母さんとお祖母様、隣には雪彦さんが居てくれて、わたし、とっても幸せです……」
穏やかに微笑みながら、珠代さんはそっと俺の腕に寄り添う。
はあああぁぁッ……幸せ! 俺も超幸せ! 珠代さん好きぃぃぃ!
柔らかな温もりと共に、珠代さんへのラヴが込み上げてくるが──。
「あらぁ、雪彦ちゃんと珠代ちゃんがイチャイチャしてるわぁ」
「まったく、最近の若いもんは節操がなくていかんのう!」
せっかく人がいい気分でいたのに、外野がうるさいったら。
四人で暮らすとなれば、珠代さんと二人きりでしっぽり、というのは難しくなりそうだ。
捨て台詞を残して去ったキツ夫のこともあるし、俺と化け狐さんたちとのドタバタ暮らしはこれからも続いていくのだが────続きはまた別の機会に語るとしよう。
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『助けた狐の若妻が恩返しに来たので寝取ってみた!』第一部 <完>
ご愛読ありがとうございました! 続編には期待しないでください!