もしも僕がコイツだったなら――。
そんなことをいくら考えても無意味だとはわかっていても、自分の隣にいる男の顔を見るたび、そう思わずにはいられない。
山田健二がチラリと隣に視線を向けると、そこには幼馴染みの親友でありクラスメイトの神崎修一が、ゲームのコントローラーを握ってテレビ画面を見つめていた。
修一は周囲の誰もが認める美男子だ。
鼻が高く目はくっきりとした二重、凛々しい眉毛にサラリとした髪の毛。本当に自分と同じ高校生なのか疑いたくなるぐらい大人びた印象を受ける。
長身でスラリと伸びた手足は、どんな服を着ても格好良く見えるし、笑うと綺麗に並んだ真っ白い歯がのぞいて、まるでテレビに映る俳優みたいだった。
しかも、自らの容姿を鼻にかけることもなく、どんな相手にも気さくに接する爽やかな性格をしているので、学校では男女問わず人気があり、まさにスクールカーストの最上位に位置する男。生まれついての主役だ。
それに比べて――と、健二は苦々しい気持ちで自分のことを客観的に分析してみる。
学校の成績は中の下。顔も平凡。何を着ても野暮ったくなり、印象が薄くクラスの中で埋もれてしまうような存在。
周りからちやほやされる修一を、遠巻きに眺めるのポジション。生まれついての脇役だ。
そんな正反対の二人は、本当だったらクラスが同じだからといって、放課後に相手の家で遊ぶような関係にはならなかっただろう。
けれど、たまたま家が隣同士のいわゆる幼馴染という関係がそれを実現させていた。
「よし勝った!」
喜ぶ修一に合わせて、対戦ゲームの画面では勝利したキャラが勝ちポーズを決めている。
今までどんなことをしても、修一は健二の上をいった。
容姿、学力、運動は言うに及ばす、ゲームでさえも、幼い頃から修一と競って健二は勝ったことがない。
もの心ついたときには上と下の関係になっていて、積み重なった劣等感は健二の精神は卑屈にさせていた。
学校ではクラスの人気者である修一が、幼馴染とはいえ、なんの取り柄もない健二といつも一緒にいることを、陰で悪く言う連中もいる。
しかし、修一はそんな周囲の反応など気にせず、幼い頃から変わらず健二と接している。
彼はイイヤツであり、それすらも健二の劣等感を刺激してしまうのだった。
「もう一戦やろうぜ?」
「ちょっと疲れたから休憩……」
連戦を希望する修一に、健二はやる気なく首を振りながら、ゲームのコントローラーを投げ出して、ゴロリと仰向けに寝転がった。
(あーあ、なんでこうなのかなぁ……)
そのとき、ドアがノックさる音と共に女の子の声が聞こえた。
ゆっくりと開かれたドアから入ってきたのは修一の姉、麻奈美
だった。
彼女は手にカップや皿が載せられたトレイを持っていた。
「お菓子持ってきたよ」
「ありがとう、姉さん」
たまたま寝転がっていた健二は、麻奈美を下から覗くような格好になり、スカートの中に白いレースの付いた三角形の布地を見てしまい、慌てて体を起こした。
(やべっ、麻奈美ちゃんのパンツ見ちゃった……)
気づかれてやいないかとヒヤヒヤしながらも、麻奈美が大人っぽい下着を履いていたことに興奮する。
麻奈美は健二たちよりも年上の大学生で、少し前までは一緒に同じ高校へ通っていた。
弟がイケメンなら、その姉はまぎれもない美少女。
フワリと伸びた艶やかな長髪、モデルのように整った顔立ちをしているが冷たい印象は微塵もなく、柔和な性格でいつも甘やかな微笑みを浮かべている。
美人で優しくて気遣い上手。高校時代の麻奈美は、とても高校生とは思えない穏やかな物腰で、仕草一つとっても周りの女子とは別格の存在だった。
多くの男子が麻奈実に恋をしていた。もちろん、健二もその中の一人である。
いや、片思いの期間で考えれば、そこら辺の男子など比ではないだろう。
なにせ小学生の頃からずっと麻奈美に恋をしているのだ。
小さい頃は何も考えずに三人で遊んでいられたけれど、成長するにつれ周囲がこの二人をもてはやし、健二はオマケのような扱いをされるようになってくると、自分がこの姉弟と釣り合っていないのだと嫌でも気づかされる。
麻奈美が卒業してからは一緒にいる機会も減ってしまった。
「はい、ケンくん」
麻奈美が健二にカップを差し出しながら、柔和な笑みを向ける。
今でも昔と変わらない呼び方をしてくれることが健二は嬉しかった。
「ありがとう。麻奈美ちゃん」
少し照れならがも、差し出されたカップを受け取る。
「いつも部屋で遊んでないで、たまには外に出かければいいのに」
なんだか母親のようなことを言われて、健二は苦笑する。
「最近、あまりケンくんと遊べなかったし、こんど三人でどこかいきましょ?」
「ええっ?」
麻奈美の誘いに健二は狼狽した。
子供の頃ならともかく、いまの健二は大人びた麻奈美とどう接すればいいかわからないのだ。
彼女は会うたびに綺麗になっていく。もともと大人っぽい雰囲気だったのが、大学生になってからは化粧をし始め、その容姿はさらに磨かれていた。
そんな麻奈実が自分のような野暮ったい高校生と何をすれば喜んでくれるのか、健二には見当もつかない。
クラスの女子と話すことすら苦手意識があるというのに、とてもじゃないが麻奈美を上手くエスコートできる気がしない。
「まあ、そのうち……」
「――だったら次の日曜は? 俺は空いてるけど」
健二は曖昧に返事をしたのだが、隣で話を聞いていた修一によって話の流れが変わった。
「私も大丈夫よ、ケンくんは?」
「えっと、僕も……予定はないけど……」
「よかったぁ、ふふっ、それじゃあ日曜日に決まりねっ」
麻奈美と修一が乗り気になっている手前、断りずらい雰囲気に押されて、健二は頷いた。
そこからは修一と麻奈美によって話がトントン拍子に進んでいく。健二はただ頷いていただけなのに、気づけば行き先も待ち合わせ時間も決まっていた。
思いもよらない展開に戸惑いながらも、憧れの麻奈美と一緒に遊べることに、健二は緊張しながらも嬉しさを感じずにはいられなかった。