翌日の朝、ニセモノは登校前に神崎家へとやってくると、玄関で麻奈美と仲良くお喋りをしていた。
昨日までの健二であれば、ニセモノが麻奈美に気安く近づくのを見るだけで怒りが湧いてくるところだが、今は違う。
麻奈美と淫らな行為をしたことで、健二の中にはニセモノに対する優越感が生まれていた。
「それじゃあ姉さん、僕たちそろそろ学校いくから」
後ろから近づいた健二は、そう言いながら片手を麻奈美のお尻へ伸ばした。
「んっ……!」
向かいに立っているニセモノからは見えないように、スカート越しにも感じるむっちりとした弾力の美尻を撫でると、麻奈美は驚いて体をこわばらせる。
目の前に立っている”ケンくん”に、弟から悪戯されていることを悟られないよう、どうにか平静を装いながら、もぞもぞと体を揺らす。
「姉さんも今日は午前中から講義があるんでしょ?」
健二は麻奈美の後ろに立ったまま何くわぬ顔で喋りながらも、その手はプニッとした尻肉を揉みしだいている。
「んっ、うん……そう、だから……私も、そろそろ出かけないと……」
「そっか、姉さんも大変だよね」
適当な相槌を打ちながらも、健二の手はなおも柔尻をまさぐり続ける。
「しゅっ、シュウくん……そろそろ、んっ、行かないと……」
手を振り払うこともできず、ただ羞恥に耐える麻奈美の表情を見ていると、健二はまるで痴漢をしているような気分だった。
(やべっ、勃ってきた)
これ以上やったら流石にニセモノにもバレてしまいそうだ。今も麻奈美の様子がどこかおかしいことに気づいたようで、不思議そうにこちらを見ている。
仕方なく健二が尻を触っていた手を引っ込める。
「それじゃあ姉さん、行ってくるね」
「うっ、うん、行ってらっしゃい……」
ようやく解放されてホッとしている麻奈美だったが、通り過ぎる弟に耳元で「また帰ってからね」と囁かれ、ぞっとした顔になる。
健二はそんな麻奈美を反応にニンマリと笑いながら、ニセモノと共に家を出た。
「なあ修一、麻奈美ちゃんと何かあったのか?」
「別に……何もないさ」
麻奈美の様子が気になったのだろう。尋ねてきたニセモノに、健二は煩わしそうな視線を向ける。
(うるさいんだよニセモノが! お前がいくら麻奈美ちゃんの気を引こうとしたって無駄なんだよ、だって、お前は山田健二なんだからな)
自分の姿をした相手を否定するのは、なんとも自虐的なことだが、だからこそ断言できる。
山田健二と神崎麻奈美は不釣り合いなのだと。
もうこの際、このニセモノの正体とか目的なんて、今の健二にはどうでもよくなっていた。
元の姿に戻って実らない恋をし続けるよりも、今の弟という立場を利用して欲望を満たすほうが何倍もいい。
(ふんっ、お前は大人しく僕のニセモノをやってればいいんだよ)
健二は己の姿をしたニセモノを見下しながら学校に向かい、授業中もずっと、帰ったら麻奈美にどんなエッチなことをしてやろうかと、妄想に浸るのだった。
*
待ちわびた放課後になるや、健二は逸る気持ちが抑えられずに、駆け足で家に帰ってきた。
「ただいま!」
意気揚々と玄関を開けた健二だったが、家の中は薄暗く、人の居る気配がなかった。
玄関には麻奈美の靴も見当たらない。どうやらまだ大学から帰っていないようだ。
(ちぇっ、せっかく急いで帰ってきたのに……)
肩透かしをくらった気分の健二は、つまらなそうに息をつくと、明日提出の課題があったのを思い出し、仕方なく机に向かうことにした。
こんな状況とはいえ、学生であるからには勉強もしなくてはならない。
鞄から必要な教科書を取り出していざ始めようとしたところで、シャーペンの芯が切れていることに気づいた。
ペンケースにも替えが入っておらず、健二は仕方なく机の引き出しから予備を探す。
ごそごそと引き出しの中を探って、ようやくお目当てのものを見つけたとき、健二は引き出しの奥にケースのようなものが隠れているのに気づいた。
引っ張り出してみると、それは表紙のないDVDケースだった。
ゲームや映画のケースは部屋の棚に並べられているのに、なぜかこれだけが机の引き出しにしまってある。
不思議に思った健二がケースを取り出して開けてみると、そこにはズラリと並んでSDカード。
机に入っていたそれは、DVDではなく、SDカードの収納ケースだったのだ。
ケースの内側には、SDカードを嵌め込むための窪みが全面に作られており、そこにカードが並べられている。
それぐらい持っていてもおかしくはないが、大容量のSDカードが何枚も並んでいるのは不自然だった。
好奇心に負けて、健二は部屋のパソコンを起動すると、ケースから一枚抜き出して、カードスロットに差し込む。
カードのデータが読み込まれ、画面にフォルダが開かれると、そこには動画データのアイコンがずらりと並んでいた。
隠されたSDカードの中身、どんな映像なのか確認せずにはいられない。
健二はその中の一つをクリックする。
一瞬の間を置いて、動画プレイヤーが起動して画面に映像が映し出された。
そこに映っていたのは、見覚えのない室内の様子。
机やベッドが置かれているので、誰かの自室なのだろう。
(いったい誰の……?)
よく見ると、机の前に人が座っている。そしてそれは、健二のよく知る人物だった。
麻奈美だ。
つまりこれは、麻奈美の部屋を撮影した映像ということになる。
しかし、カメラの角度は麻奈美を撮るというよりも、部屋全体を監視すりょうなアングルだ。
映っている麻奈美も、自分が撮影されていることにまるで気づいていない様子である。
そのあともずっと麻奈美が机に向かっている映像が流れ続けて、途中で編集をしたのか、一瞬画面が途切れたかと思うと、今度は部屋で着替える麻奈美の姿が映っていた。
(これ、盗撮映像だ……)
他のカードの中身も確認したが、それらは全て麻奈美の部屋を盗撮したものだった。その中には麻奈美がオナニーをしているシーンを抜き取ったものもあった。
ありのままに受け止めるなら、修一は姉である麻奈美のことを盗撮し、その映像をコレクションしていたことになる。
(修一のやつ、麻奈美ちゃんをこんな目で見てたのかよ……!?)
これはシスコンなんて生易しいものではない。
あの爽やかなイケメンが、実の姉に対して歪んだ愛欲を抱いていたのだ。驚愕の事実。もしもクラスの女子が知ったら発狂するようなネタ。
そのとき、健二の頭に不穏な憶測が浮かんだ。
ニセモノの中身について、最初は自分と体が入れ替わった修一だと思っていたけど、ニセモノの反応から、その線は薄いと考えていた。
けれど、修一が姉に対して異常な愛情を抱いているというのなら。
つまり修一は、山田健二のフリをして、麻奈美のことを狙っているのではないか?
山田健二とは思えない積極的な様子で、毎朝家にやってきて麻奈美に接触しているのも、そう考えたら合点がいく。
ニセモノの中身はやっぱり修一で、あいつは山田健二の体を使って、麻奈美と近親相姦しようとしている!
そこまで考えて、健二はひとつ見落としてることに気づいた。
(けど、麻奈美ちゃんが山田健二ごときを相手にするわけなくね?)
そう考えてから、健二は無性に悲しくなってしまうのだった。