【6話】迷う男と隣の人妻【人妻エロ小説】

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 数日経って、実家の整理もだいたい片付いた。

 ガスも通ったし、冷蔵庫には最低限の食材が入っている。それだけで、空き家だった家が、生活の場に変わったような気がした。

 昼過ぎ、歩は縁側に出た。垣根を挟んで栞の家が見える。今日は仕事に出ているのだろうか、昨日は夕方になると隣家に明かりが灯っていた。それを見るとはなしに見てしまう自分に気づいて、視線を庭木に戻した。

 あれ以来、栞とは偶然会ったときに少し話した程度だ。直売所から帰る途中、向こうから自転車に乗ってきた栞とすれ違った。買い物袋を前かごに入れて、日除けに薄手の帽子をかぶっていた。帽子のつばの下から視線が合って、栞がかすかに口元を動かした。

「こんにちは」

「あ、どうも」

 栞は軽く会釈して、そのまま走り去った。もう少し話をしたかったけれど、何を話せばいいかもわからなくて、引き止められなかった。

 思い返して、また栞の家の方を見る。この前は、また来ていいと言われたけれど、何も用事がないのに訪ねるのはいかがなものかと思ってしまい、行動に移せないでいた。

(旦那さんが留守中に人妻の家を訪ねるっていうのも、よくないよな……

 そんなことを考えていると、門口に人影。一瞬、栞かと思ったが、そのシルエットはでっぷりとしている。克典だった。ポロシャツ姿のラフな格好で、歩に気づいて縁側の方にやってくる。

「上がらんでいい、すぐ帰る」

 克典は庭を眺めたまま、少し間を置いてから口を開いた。

「なあ歩。おまえ、これからどうするつもりだ」

 腹の底に、冷たいものが落ちた。

「どうする、というのは」

「仕事だよ。いつまでもぶらぶらしてるわけにもいかんだろう」

 言葉に棘はなかった。純粋に甥の将来を心配しているのだろうが、それがかえって逃げ場を塞いだ。

「まだ、何も決まってなくて……

「だろうな」

 克典は膝を叩いて立ち上がった。

「うちの事務所で使ってやってもいい。本格的な仕事じゃないが、帳簿の整理やら倉庫の棚卸しやら、人手が足りんところはある。パソコンは得意だろう」

 歩は克典の横顔を見た。まるで上司のようなしかめっ面だった。

「お前は俺の甥っ子だからな。放っとくわけにもいかん。お前もこっちで暮らすと決めたなら、ちゃんと根っこを降ろせ」

 そういうのが本当に苦手だった。親切心。情。義理。その全部が混ざった、狭い町に住む者の物言い。しかし、断れる理由がない。

……ありがとうございます」

「来週からでいいぞ。朝は八時半。遅れるなよ」

 克典は門を出て、この田舎町には似合わないSUVに乗り込んだ。エンジンの音が遠ざかっていく。

 縁側に一人残されて、歩はしばらく動けなかった。

 仕事。八時半。帳簿の整理。倉庫の棚卸し。

 それは普通のことだ。働くのは当たり前のことだ。なのに胸の内側で、何かが軋んだ。この町に根を下ろすということ。それがまだ、自分の選択なのかどうかわからなかった。

 部屋に戻って、寝そべって、どうするべきなのか途方に暮れていたら、いつの間にか陽が傾いて、窓の外は薄暗くなっていた。

 腹が鳴った。しかし自炊する気力もわかない。商店に何か買いに行こうかと思ったけど、背中が畳に張り付いたみたいに動かない。

 いっそ、ずっとこのままでいられたらいいのにと、諦めかけたとき。古い呼び鈴の音が響いた。

 出ないわけにはいかない。なんとか起き上がり、玄関のドアを開けると、そこにはいつものエプロン姿の栞が立っていた。

「こんばんは。おかずを作りすぎたので、よかったら」

 そう言った栞の手には、ラップのかけられた器。中には肉じゃがが盛られていた。

「あ、えっと……

 突然の再会に、言葉が出なかった。けれど、歩の腹は器から香る匂いに反応して盛大に鳴った。

「うわ、すみません……

「歩くん、ちゃんとご飯食べてますか?」

「ああ、いえ、そういえば今日は昼も食べてなくて、飯を作る気にもなれなかったから、ちょうど、弁当でも買いに行こうかなって思ってたところで……はは」

 歩の言葉に、栞がわずかに眉をひそめた。

「お台所、お借りしてもいいですか?」

「え?」

「何か作ります」

「え、はあ……あの……

 戸惑う歩をよそに、栞は家の中へと上がっていくのだった。

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