さて、珠代さんの”恩返し”という目的に付け込んで、上手い具合に同棲することに成功したわけだが、彼女と暮らす上で絶対に守らなければならない注意事項がある。
それは、珠代さんの正体に俺が気付かないフリをし続けねばらないということだ。
昔話の鶴の恩返しでは約束をやぶって屏風を覗いてしまったことが原因で、正体を見られた鶴は老夫婦の前から去ってしまう。
きっと動物業界(?)での恩返しには人間に正体を知られてはならないというルールが存在するのだろう。
もしも自分の正体がバレていることに珠代さんが気づいてしまったら、彼女は俺の元を去ってしまうに違いない。
その時点で俺の『狐のヨメ寝取り計画』は破綻してしまう。
珠代さんはとても可愛らしく気立ての良い女性だが、ちょっと天然なところがあるので、うっかりボロを出してしまう可能性は高い。
そもそも俺が彼女の正体を知ってしまったのだって、彼女の迂闊な独り言のせいだった。(隙があるところも珠代さんの魅力なのだが……)
故に俺は細心の注意を払って彼女の正体に気付かないフリをし続けなければならないのだ。
それだというのに――――。
俺は頭を抱えてその場にうずくまった。
「なんてこったい……」
呆然とする俺の眼前には縁側で日向ぼっこをしながら眠る珠代さんの姿。
先日とは打って変わって、晴天に恵まれた空から暖かな陽射しが降り注ぐ午後、日当たりのいい縁側はまどろむ陽気に包まれており、おそらく洗濯物を取り込んでいたのだろう、畳まれた衣類が重ね置かれている横で彼女は背中を丸めてスヤスヤと寝息を立てている。
いやさ、べつに昼寝を咎めるつもりはない。むしろ珠代さんの寝顔を見ていると俺の心がほっこりする。
問題なのは、安らかに眠る彼女の頭にはキツネ耳がぴょっこりと生えていて、スカートからはフサフサな毛並みの尻尾がはみ出していることにある。
ちょおぉぉいっ!! モロ出しですよ珠代さあぁぁんッ!!?
もしかして、普段は隠しているけど、寝ているときは無意識に耳と尻尾が出てしまうのだろうか?
だから寝てるときは部屋を覗かないでと言っていたのかもしれない。
それでもお昼寝しちゃうなんて迂闊すぎるね珠代さん! けどそんなところもカワイイ! 好きだッ!!
おっといけない、珠代さんのフォックスな姿につい興奮してしまった。
もしも今、彼女が目を覚まして耳と尻尾が丸出しな状態を俺に見られたと知ってしまえば、この場でゲームオーバーになってしまう。早急にこの場を離れなくては。
それだというのに――!
俺が踵を返して立ち去ろうとしたとき、視界の端にモフッと膨らんだキツネの尻尾が、まるで誘っているかのようにパタパタと動くのが見えてしまった。
触りたい……ッ!!
誘惑に抗うことのできない俺は吸い寄せられるように珠代さんの前に屈み込むと、スカートから伸びる尻尾に手を伸ばす。
指の腹をくすぐる柔かな感触に期待を膨らませながら、毛皮の奥へと押し込んだ指が根元までズボリと潜り込む。
すげえモフモフしてるぅぅっ!!
指全体が柔らかく滑らかな毛の温もりに包まれる。
その、どこか懐かしい感触によって思い起こされたのは、きな子を撫で撫でモフモフして過ごした日々であった。
人間に化けているせいか体の大きさに比例して尻尾も大きくなっているのでモフリ度が増している。
懐かしさも相まって俺はもっと尻尾を愛でようとお邪魔なスカートの裾をピラリとめくった。
スカートの下から珠代さんのプリンッと張りのある白くて丸い美味しそうなお尻が現れる。
ノーパンだった。
おやおやおや? 以前に覗き見したときも思ったけど、もしかして珠代さんパンツ履いてない疑惑?
考えてみれば、狐にパンツを履く習慣なんてあるわけないし、服装は化けれても下着までは気が回らないのだろうか。
俺は尻尾に頬ずりしながら存分にモフリを堪能しつつ、珠代さんのお尻にも頬ずりをした。
もっちりとした柔らかさ、吸い付くような肌触り、うむ、これはいい尻だ。
化けるって凄いなぁ、見た目から感触まで人間そのものじゃあないか。
尻と尻尾を堪能した俺は、次いで頭のキツネ耳に迫る。
短い毛で覆われた耳を指で突くとヘニョッと曲がり、これが飾りなどではない証拠に、表皮からは血の通った温もりを感じることができる。
頬ずりしてみると女の子の甘い匂いがした。不思議だ。化けると匂いまで変わるのだろうか?
いまだ静かに寝息を立てている珠代さんの顔を覗き込む。
それにしても全然起きる気配がない。
調子に乗った俺は、珠代さんの桜色をした可憐な唇に触れる。
うっすらと開いた口の隙間から漏れた吐息に指をくすぐられ、その色っぽさにドキリとしてしまう。
これ、キスしても起きないんじゃね?
誰も見ていないことをいいことに、向かい合う形で隣に寝そべると、目の前には珠代さんの無防備な寝顔。
眠ってる白雪姫にキスをした王子様の気持ちが今ならわかる。あいつ絶対に睡眠姦の性癖持ちだわ。
瞳を閉じた彼女の口元に顔を近づけてゆく。
いけるっ、いけるぞっ! 珠代さんの唇まであと3cm、2cm、1cm……!
「んっ……」
しかし、あと一歩というところで、俺の気配に感づいたのか、珠代さんの目がうっすらと開かれてしまった。
寝起きのせいか、ぼんやりとした瞳でこちらをじっと見つめている。
やばい、こんな体勢では寝込みを襲った言い逃れなど不可能だ。
絶体絶命のピンチに俺が固まって動けないでいると、唇にねっとりと湿った感触。
「んっ……ぺろっ、れろっ……」
なんということでしょう。
珠代さんが顔を近づけてきたかと思えば、小さく開いた口からピンク色の舌をのばして、俺の唇をペロペロと舐めているではないか!?
えっ、なにこれ、もしかして珠代さん寝ぼけてる?
下手に動くことができない俺の顔を珠代さんは舐め続けた。
「はぁっ……んっ、ペロッ……チュッ……れるっ……ちゅぴっ……」
少しザラついた舌先が頬をツゥっとなぞるように動き、今度は鼻の頭をペロリと舐められる。
熱い吐息が口元をくすぐり、こそばゆくもゾワリとする気持良さに新たな性癖が目覚めてしまいそうだ。
とはいえ、俺は気づいていた。おそらくこの行為は性的な意図によるものではない。
これって動物が飼い主の顔をペロペロ舐めるアニマル的な愛情表現だよな?
きな子もよく俺の顔を舐めていたし、寝ぼけて動物の本能が表に出てしまったのだろう。
もちろんペロペロされるってことは好かれている証拠なので、それはとても嬉しいのだが、俺が求めているのは男と女がグッチョングッチョンのトロットロでズッポリぽん! なヤツなのだ。
そもそも、動物は人間みたいなキスはしないのだから、珠代さんにそれを求めることが間違っているのだろうか?
今後のためにも、そこんとこ詳しく知りたいのだが。
俺の顔がいい感じに珠代さんの唾液まみれになった頃、トロンとしていた珠代さんの瞳がパチリと見開かれた。
「ぁっ……雪彦さん……ッ!?」
珠代さんはパッと起き上がると、辺りをキョロキョロと見回す。
「ごめんなさい、私ったらうっかり寝てしまって…………ぁっ!?」
言いかけた途中で珠代さんはスカートから伸びている尻尾に気づくと、途端に真っ青な顔になり慌てて頭に手を乗せる。
もちろんそこにはキツネ耳がピョコッと生えているわけで。
「〜〜〜ッ!!!」
やっちゃったあぁぁっ! という心の声が聞こえてきそうなぐらい狼狽する珠代さん。
しまった、俺もペロペロに夢中で耳と尻尾のことを失念していた。
「ちっ、違うんです雪彦さん! これは、その……っ」
誤魔化そうにも上手い言い訳が見つからず、言葉を詰まらせる珠代さん。
さあどうする。ここを上手く乗り切らなければバッドエンドに突入だ! そうなりゃ珠代さんに凸乳することもできなくなるぞ!
「珠代さん……」
俺は慎重に言葉を選びながら口を開く。
「そのコスプレ、すごく似合ってるね」
「えっ、こすぷれ?」
「そのキツネ耳と尻尾の飾り、一瞬本物かと思っちゃったよ」
「……あっ、そうっ、そうなんです、これは飾りなんです! こすぷれなんです!」
珠代さんはコスプレがなんなのか分かっていないようだったが、どうやらニュアンスは伝わったようで、コクコクと必死に頷いている。
よしっ、あと一押しだ。
「ここだけの話、実は俺、キツネ耳のコスプレをしている女の子が大好きなんです。だから家で二人きりのときは、いつもその格好をしてくれると凄く嬉しいんだけど、ダメだろうか?」
俺は珠代さんの肩を掴んで真剣な顔でお願いする。客観的に見たら女の子に自分の性癖を押し付ける変態野郎だ。
「そっ、そうなんですか?」
「お恥ずかしながら」
「あのっ……雪彦さんがお好きなのでしたら……私は、かまいませんよ……?」
キツネ耳をいじりながら、照れたようにはにかんで上目遣いでこっちを見る珠代さんが素直可愛すぎるぅッ!
それにしても今のは我ながら素晴らしい機転である。
これによって珠代さんのうっかり正体バレを防ぎつつも、普段からケモミミを堪能することが出来るようになるという一挙両得な展開だ。
ひとえに珠代さんを寝取りたいという執念の賜物だろう。
こうして俺は普段から珠代さんの可愛いキツネ耳とフリフリ尻尾を拝めるようになったのだ。