さて、珠代さんとの初セックスをしてから数日が経過した頃のことだ。
昼食の匂いに釣られて台所を覗いてみると、そこにはいつもと変わらぬエプロン姿で料理をしている珠代さんの姿があったのだが、その横には、もうすっかりと我が家に馴染んだ美津妃さんも一緒だった。
というか、美津妃さんに関しては、うちに住みついた当初から、まるで自分の家のように遠慮のない寛ぎっぷりである。
彼女にあてがった部屋には、いつの間に運び込んだのかわからない漆塗りの高そうな日本家具や、随所に金箔のあしらわれた華美な屏風、色鮮やかな織物なんかも敷かれており、元は地味な和室だったのが、今ではすっかり様変わりしていた。
部屋で怠惰に横たわりながらキセルをふかす美津妃さんを見ていると、遊郭という言葉が頭に浮かんでしまったが、あながち間違ってないと思う。
そんな彼女の暮らしっぷりは基本的に女王様スタイルなので、家事などは一切やらない。煎餅かじってテレビ見て、ゴロゴロして、俺が部屋で仕事をしているときでもお構いなしに絡んでくる。
そのときに気が向いたことをしては、ときたまフラリと出かけたかと思うと、晩飯時にはいつの間にか戻ってくるのだ。まるで猫のような女性である。(正体は女狐だけど)
娘の珠代さんとは真逆といっていい自由奔放な性格であるから、もしかしたら二人は反りが合わないのじゃないかと心配もしたのだが──。
「珠代ちゃぁん、お母さん、今日はおいなりさんが食べたいわぁ」
「お母さん、昨日も食べたばっかりよ?」
「だってぇ、珠代ちゃんが作ったおいなりさん、とっても美味しいんだものぉ」
「それじゃあ、雪彦さんにも聞いてからね?」
「うふふ、珠代ちゃん大好きぃ」
一緒に暮らし始めてからというもの、この母娘は終始こんな感じである。母親の美津妃さんがワガママを言って、娘の珠代さんが優しく聞く、それでいて不思議とバランスが取れているのだ。端から見ると親子ではなく仲の良い姉妹にしか見えん。
そんな二人を後ろから眺めていると、振り向いた珠代さんと目が合ったのでオッケーサインを出した。
*
昼食の準備が整い、三人で居間のテーブルを囲いながら、大皿に並んだいなり寿司に箸を伸ばす。
噛んだお揚げから、じゅわっと甘い汁の溢れるいなり寿司に舌鼓を打ちながら、俺はふと疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「二人は今まで一緒に暮らしてたんじゃないの?」
「いえ、私は小さい頃からお祖母様の元で暮らしてたんです。たまにコッソリ会いに来てくれてましたけど」
「そうなのよぉ、ちょっと事情があってぇ、珠代ちゃんとはずっと離れて暮らしてたのぉ」
上品にいなり寿司を食べながら相槌を打つ美津妃さんは、どこか遠い目をしていた。感傷的になっているのだろうか。
「でも、こうして珠代ちゃんと一緒に暮らせて、お母さん嬉しいわぁ、これも雪彦ちゃんのおかげねぇ」
経緯を詳しく聞きたいところだけど、誰にだって触れられたくない過去があるだろう。女性の過去を詮索するの紳士のすることではないので、俺が黙って茶をすすっていると、かわりに珠代さんが口を開いた。
「でも私は、お祖母様も一緒に暮らせたらいいと思うな」
「う〜ん、それはちょっと難しいわねぇ、お母さん、里を出禁になってるからぁ」
んッ?
今なにかおかしな単語が耳に入ったような?
「でっ……出禁とは?」
詮索しまいと思ったけれど、これは聞かずにいられない案件勃発。
「それはアレよぉ、誰にだってある若さゆえの過ちみたいなアレねぇ」
「アレ、とは?」
「私が里のオス狐を手当たり次第に食べちゃった(性的な意味で)から、母がお怒って勘当になっちゃったのよぉ」
想像してたよりも下世話な理由だった!?
「妻子持ちにまで手を出しのがマズかったわねぇ、旦那を寝取られて怒った嫁から苦情殺到よぉ」
そりゃそうだろうよ。
「えっと、そのとき珠代さんは……」
「私はまだ小さかったので、よくわからずに、お母さんが毎回別のオスとどこかに行くのを見送ってましたね」
「おぉぅ……」
懐かしむように昔を振り返る珠代さんの目はどこか達観していた。
「ちなみに、珠代さんのお父さんって……」
聞くのが怖かったけれど、聞かずにはいられない。
俺の問いに、美津妃さんは黙ったまま、肩をすくめて両手の平を上に向けた。
これはダメなやつ! ダメなやつぅぅッ!!
「その後、教育に悪いからって理由で、母親に珠代ちゃんを取り上げられちゃったのよぉ、意地悪なお祖母さんに引き裂かれた可哀想な母娘の物語だわぁ」
「いや、順当すぎる話ですがね」
「でもねぇ、あの頃は私も世間を知らなかったし、里を追い出されたことで初めて気づいたこともあったのよぉ」
ほぉ、外の世界で美津妃さんが反省して心を入れ替える出来事があったのだろうか?
「オス狐との交尾なんかより、人間の男とするセックスの方が何倍も気持ちいいって事を知ったわぁ」
「全く反省してない……ッ!?」
「だってぇ、いくら人間に化けれたところでキツネの交尾なんて交配が主目的だからぁ、挿入して腰振って射精するだけなのよねぇ、体位も後背位ばっかりだしぃ」
「そりゃあまあ、動物は基本バックだわな」
「それに比べて人間のセックスったら、体のあらゆる部位を使いながら様々な体位で貪欲に快楽を求めるんだものぉ、初めて人間の男とセックスしたときなんて、あんまりにも気持ち良すぎてお潮吹いちゃったわぁ、ほんと、人間て変態よねぇ」
「それは否定できない!」
「珠代さんちゃんも、そう思うでしょぉ?」
「わっ、私は、雪彦さんしか知らないので……」
赤裸々すぎる美津妃さんの発言に、珠代さんは顔を赤らめて、もじもじと答える。
俺だけしか知らない珠代さん、うん……すごくイイネ!
「珠代さんは、これでよく不良娘にならなかったなぁ」
「慣れていたといいますか、そういうものだと思っていたので、だから雪彦さんとお母さんがしてたのも……まあ、お母さんだから、と」
「なるほど」
珠代さんの母親に対する達観した眼差しは、台風や地震の自然災害を前にして、どうしようもないことだと受け入れる人のそれであったとさ。