ベッドの上で絡み合う男女の姿。それはどう見てもセックスをしている光景だった。
リアルタイムの盗撮映像。つまり今この瞬間、部屋でニセモノと愛美が事に及んでいるということだ。
けたたましい音を立て椅子が床に倒れる。
突然立ち上がった健二に、話し合いをしていた他の生徒たちが一斉に注目する。
「神崎くん、どうしたの……?」
驚いた女生徒が声をかけてくるが、今の健二にまともな返事はできなかった。
(なんでだっ!? どうしてっ! あいつが、ニセモノ! 愛美ちゃんが! 嘘だ、嘘だ……ッ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!)
思考がグチャグチャになりながらも、健二は生徒会室を飛び出した。
後ろから引き止める声が聞こえたけれど、そんなものに構ってはいられない。
昇降口にたどり着き、自分のロッカーから引ったくるように靴を取り出すが、履こうとするも焦るせいでもたついてしまう。
「ああっ、くそっ!」
今は一分一秒でも早く家に戻らなければならないのに!
学校から家まで徒歩では急いでも30分はかかる。こんなことなら自転車通学にしておけばよかったと後悔する。
校門前に停まるバスを使えばもっと早いが、健二がバス停にたどり着く直前で無情にもバスは走り去ってしまった。
「ふざけんなよ! クソがッ!!」
悪態をつきながらも、健二は家に向かって駆け出した。
今こうしている間にも、麻奈美とニセモノの性器が結合している姿を想像しただけで、絶望と怒りで頭がどうにかなってしまいそうだ。
ペースなんてお構いないしに全力で走ったせいで、途中で息が切れて心臓は破裂しそうなぐらい脈打つ。
それでも衝動が健二の身体を突き動かした。苦悶に顔を歪めながら走り続け、ようやく神崎家に到着する。
しかし、玄関を開けようとドアノブに手をかけたところで、今度は鍵が掛かっていたことで阻まれる。
迂闊だった。無我夢中で飛び出してしまったせいで、鍵の入ったカバンは学校の教室に置いてきてしまった。
「くそっ! くそっ! くそぉ……っ!!」
健二は息を荒げながら何度もインターホンを押し、固く握った拳を力一杯、ドアに叩きつける。
近隣の住民が物音を聞きつければ、不審者と思われるかもしれる危険もあったが、そんなことにまで気が回らない。
ともかく、一刻も早く麻奈美とニセモノの現場を取り押さえなければならない。
しかしいくら待てどもドアが開く気配はなく、全力で走ってきた疲労と手の痛みに、やがて振り上げられた拳はだらりと下がってしまった。
「そっ、そうだ……! カメラ!」
ポケットに入れていたスマホの存在を思い出し、急ぎアプリを立ち上げて監視カメラの映像を確認する。
画面には先ほどと同様に、麻奈美の部屋が映し出されたのだが、そこにはニセモノも麻奈美も映ってはいなかった。
部屋はもぬけの殻である。
いったい二人はどこに消えたのか――
健二が戸惑っていたところで、玄関からガチャリと解鍵音が聞こえて、ゆっくりと開くドアの隙間から不安げな表情の麻奈美が姿を現した。
「シュウくん……?」
麻奈美は怯えていた。
それはそうだ、外からあれだけ乱暴にドアを叩かれれば、誰だって警戒するだろう。
健二は麻奈美の姿を上から下まで、ねめつけるように凝視した。
服装には乱れもなく、いままで何事もなかったかのような印象を受けるが――
健二は何も言わずに家の中に入ると、そのまま階段を踏み鳴らし二階へ上がり、乱暴にドアを開けて麻奈美の部屋に侵入した。
後ろから追いかけてきた麻奈美が、弟の手を引っ張る。
「ねえっ、どうしたのシュウくん、なんで……お姉ちゃんの部屋に……」
弟の奇怪な行動に戸惑う麻奈美に、健二は冷たい視線を向けた。
「ニセモノはどこだ……」
「えっ……」
「健二はどこにいったんだよ!!」
「ひっ……! ぇっ……なにが……」
急に怒鳴り声を上げる弟に、麻奈美は怯えた様子で答える。
「とぼけるなよ! ここに健二がいただろ!? さっきまで健二と何をしてたんだ!!」
「ケンくんなんて、ここに来てないわ……」
「嘘をつくな! 僕は知ってるんだぞ!?」
「本当よ……! 嘘なんかついてないわ!」
まっすぐに見つめてくる麻奈美の目は、嘘をついているようには見えなかった。
そうだ、健二の愛する麻奈美は嘘をつくような女ではない。
もしかしたら、健二の不信感が作り上げた妄想だったのかもしれない。
「姉さんは……僕に嘘なんかつかないよね?」
「ええ、もちろんよ……お姉ちゃん、シュウくんに嘘なんてつかないわ」
愛しい麻奈美の言葉を聞いて、憎悪に歪んだ顔は穏やかさを取り戻す。
「うん、わかったよ姉さん」
弟が納得してくれたことに安堵する麻奈美だったが、健二がおもむろにベッドに近づき布団に手を掛けるのを見て、その表情がこわばる。
「えっ、シュウくん……まって……」
「僕は姉さんを信じてるからね?」
健二の手によって布団が引き剥がされ、隠されていたシーツがむき出しになる。
そこには、ジワリと広がった赤いシミがくっきりと残っていた。
動かぬ証拠を突きつけられ、その場に凍りつく麻奈美。
「ちっ、ちがうの……それは……ちがうの……」
麻奈美の言葉はもう健二の耳に入らない。
「あぁ……あぁぁぁ……あぁぁぁあああああアアアアアッ!!!」
健二の張り裂けんばかりの絶叫が部屋を揺るがした。