さて、突然やってきた珠代さんの母親を名乗る人物。
だとすれば、この女性も正体はキツネなのだろうけど、外見は年齢不詳すぎて本当に母親なのか怪しいところである。
いや、そもそも化けているのだから見た目なんて当てにならないのだが、もしも彼女が本当に珠代さんの母親なのだとしたら、やはり彼女を連れ帰るためにやって来たのだろうか?
目の前の美人は柔らかく微笑んでおり、その表情から意図を読み取ることはできない。
「珠代ちゃんはいないのかしらぁ?」
「えっと、珠代さんは丁度、買い物に出かけたところで」
「あらぁ、そうなのぉ? だったら中で待たせてもらってもいいかしらぁ?」
キツ夫ならともかく、はるばる訪ねてきたお母さんを無下に追い返すわけにもいかない。
とりあえず珠代さんが帰ってくるまで、お茶でも飲みながら話を聞かせてもらおうじゃないかと、俺は彼女を居間へと案内する。
「粗茶ですが」
「ありがとぉ」
テーブルに差し出された湯気の立つ湯飲みを手に取った美津妃さんは、綺麗な紅色のぽってりと柔らかそうな唇を端につけ、お茶を一口含むと静かにコクリと嚥下する。
ただお茶を飲んでるだけなのに、妙にエロいのはなんなんだ?
珠代さんのお母さんに粗相があってはいけないと、緊張している俺とは対照的に、美津妃さんは座布団の上で足を崩して、ゆるりとした姿勢で寛いでいた。
俺も対面に座って茶を飲もうとしていると、美津妃さんが俺に向かって手招きをする。
「雪彦ちゃん、こっちこっちぃ」
「え?」
美津妃さんは自分の隣を示すように畳をポンポンと手で叩く。
「こっちにいらっしゃいな、もっと近くでお話ししましょうよぉ」
「はぁ」
なんでだ? どうしてこうなった?
気がつけば俺は美津妃さんの隣に座っていて、彼女は俺の腕に抱きつくようにして体を密着させていた。
「あの、珠代さんのお母さん」
「うふふ、美津妃でいいわよぉ」
「美津妃さん、ちょっと近くありませんか?」
「こうした方が、お互いのことがよくわかるでしょぉ?」
そうだろうか?
しかし美津妃さんは俺の戸惑いなど意に介さない様子で、ずずいと顔を近づけてくる。
「ねぇ雪彦ちゃん、ここでの珠代ちゃんの様子はどんな感じなのかしらぁ? 迷惑をかけてなぁい?」
「とんでもない、むしろ凄く助かってますよ。家事なんか任せきりになって申し訳ないぐらいです」
「そうなのねぇ、珠代ちゃんは良い子でしょぉ? ちょっと天然で抜けてるところがあるけど、そこが可愛いのよぉ」
それは貴女に似たのではないだろうか?
「小さな頃から素直で聞き分けのいい子だったのよねぇ、でもぉ、そんな珠代ちゃんが旦那さんを放って男の人の家に泊まってるって噂になっててぇ、お母さん、それを聞いてびっくりしたわぁ」
なんと!? キツネの界隈じゃあそんな話が広まっているのか……ご近所の噂話が好きなのは人もキツネも同じなんだなぁ。
それで、娘が見知らぬ男の家に滞在していることを心配して美津妃さんが様子を見に来たってところか。
「先日、旦那さんが珠代さんを連れ戻しに来ましたよ……」
「ああ、吉雄ちゃんねぇ? 彼ってプライドが高いから、世間体とかすごく気にするのよねぇ。自分の奥さんが勝手なことをするのが許せないのよぉ」
それで珠代さんに対してもあんな態度だったわけか、まったく時代錯誤なキツネ野郎め。
しかし美津妃さんの言い方だと、どうもキツ夫と結託しているわけではなさそうだ。
ここはもう少し踏み込んで質問をしてみよう。
「美津妃さんは、娘さんを連れ帰るために来たんじゃないんですか?」
「私ぃ? 私は珠代ちゃんの好きなようにすればいいと思うわぁ」
「はぁ……」
美津妃さんの受け答えはどうにも掴みどころがない。だったら何でここに来たのだろうか?
「うふふっ」
俺の疑問を察したのか、美津妃さんは楽しそうな笑みを浮かべながら、絡みつくように体を押し付けてくる。
「むしろ私は、あの珠代ちゃんが入れ込んじゃう相手のほうが気になってるわぁ」
「えっ!?」
珠代さんのお母さんだとわかっていても、こんな美女に上目遣いで見つめられたら思わずドキッとしてしまう。
というか、体勢が非常にまずいことになっている。
「あの、あんまりくっ付くと、胸がですね……」
「どうしたのぉ?」
いや、絶対ワザとやってるよね!?
貴女がグイグイと体を押し付けてくるせいで、たわわに実った立派なお乳に腕が挟まっちゃってるんです!
いったいナニが詰まっているんだってぐらい大きくてフワフワしたおっぱいの感触がダイレクトに伝わってきて、さっきから俺の腕が天国なんですが!?
やべぇよ、この圧倒的なボリュームと乳圧に、今までどうにか大人しくしていた息子が我慢できずに騒ぎだしそうだ。
いやしかし、この人は珠代さんのお母さんなんだ。母親相手にチンコをおっ立てたなんて珠代さんが知ったら幻滅されてしまう、落ち着け俺ぇ。
俺の心境を知ってか知らずか、美津妃さんは俺の太ももをサワサワと撫でながら尋ねてくる。
「うふふ、ねぇ、雪彦ちゃんは珠代ちゃんのことが好きなんでしょぉ?」
おっとぉっ、いきなりの質問だな。美津妃さんの意図が分からない以上、下手なことは言えないな。
「そりゃあ、とても魅力的な女性だと思ってますよ」
当たり障りのない返答だが、どうやら美津妃さんはお気に召さなかったようだ。拗ねたように口を尖らす。
「もぉ、そういうのはいいからぁ」
どうやら美津妃さんは恋バナをご所望のようだ。
「それにぃ、私なら雪彦ちゃんの味方になれるかもしれないわよぉ?」
思わせぶりな言い方。まるでこっちを誘っているかのようだ。
「そんなこと言ったら、珠代さんの旦那が怒るんじゃないですかね?」
「私は珠代ちゃんが幸せになってくれたら、それでいいのよぉ」
美津妃さんの言葉は信じてもいいのだろうか?
けど、正直いって今のままだと俺が珠代さんと結ばれる可能性は低いと思う。もしも珠代さんのお母さんが味方してくれるなら、心強いことこのうえない。
俺は逡巡したのち、決心して口を開いた。
「俺は……珠代さんのことが好きです。ずっと一緒に居て欲しいと思ってます」
それを聞いた美津妃さんは、にっこりと微笑んだ。
「やっぱりぃ、そうだと思ったわぁ」
悪くない反応、これはいけそうな雰囲気だぞ!
「雪彦ちゃんはぁ、本気で珠代ちゃんのことが好きなのぉ?」
「もちろん、俺は本気です」
「そうなのねぇ、でもぉ、あの子といっしょになるのは大変なことよぉ? だってぇ……」
そのとき、美津妃さんの雰囲気が変わった。
いや、変わったのは雰囲気だけではない、その頭に黒いキツネ耳が生え、お尻からは立派な毛並みの尻尾が生える。
「化け狐と人間は結ばれないっていうのがぁ、昔からのおきまりなのよねぇ」
珠代さんよりも大きくてフサフサした尻尾を前にして、モフリたいと思いながらも、しかし、美津妃さんから漂う背筋が冷たくなるような妖しさに手が出せない。
というか体がピクリとも動かないんですけどッ! なにこれッ!?
「うふふ、ごめんなさいねぇ」
まるで金縛りに掛かったかのように指先ひとつ動かせない俺の頬を、妖しく瞳を輝かせる美津妃さんが優しく撫で付ける。
あれ、もしかして俺、かなりピンチなんじゃね?